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マーチソン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

マーチソン
Murchison, Sir Roderick Impey
[生]1792.2.19. スコットランド,タラダーレ
[没]1871.10.22. ロンドン
イギリスの地質学者。 15歳で軍隊に志願,ナポレオン戦争終結まで軍務についた。その後ロンドンに出て地質学協会に入会 (1825) ,C.ライエルや A.セジウィックと,ヨーロッパ各地を地質調査をして回った。ウェールズ南部の地質を研究し,化石からシルル系を提唱 (35) 。のちセジウィックとともにデボン系を設定 (36) 。ウラル山地の調査では古生層最上位層をペルム系と命名した。地質学協会会長 (31) ,のち地質調査所所長,王立鉱山学校校長,ロンドン応用地質学博物館館長 (55) 。 1871年にエディンバラ大学に地質学,鉱物学の教授職を設け,地質学協会にマーチソン・メダルを設けるなど,地質学の普及,向上にも尽力した。 46年ナイトの称号を授与された。

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世界大百科事典 第2版

マーチソン【Roderick Impey Murchison】
1792‐1871
イギリスの地質学者,地理学者。スコットランドの古い地主の家に生まれ,陸軍士官学校を経て一時従軍したが,ワーテルローの戦の後退役。ローヤル・インスティチューション教授H.デービーと知り合って自然科学に関心をもつ。1824年からロンドンに住み,25年ロンドン地質学会に入会,地質学研究に専念するようになる。35年に旧赤色砂岩層の下の化石の多い地層をシルル系と命名,また39年,A.セジウィックと共同でシルル系と石炭系の間の旧赤色砂岩にあたる地層に化石が含まれることから,これをデボン系と命名した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

マーチソン
まーちそん
Sir Roderick Impey Murchison
(1792―1871)
イギリスの地質学者。スコットランドのロスシャー(現、ロス・アンド・クロマーティ)に生まれる。若くして軍務に服し、ワーテルローの戦いのあと辞めてロンドンに出た。著名な化学者デービーに勧められて、自然科学の研究を始め、1825年ロンドン地質学会員となり地質調査所に入った。1831年より当時親友であったセジュウィックとともにウェールズの古期古生界の研究を始め、1839年には連名でデボン系を提唱した。それより先マーチソンは単独でシルル系を提唱し、1841年にはウラルを研究旅行して二畳系(ペルム系)を提唱した。シルル、デボン、二畳系の命名者となり国際標準層序の提唱によって、古期古生界の確立に大きな功績を残した。のちにカンブリア系の地層についての論争で、セジュウィックと激しく対立した。[木村敏雄]

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