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マンテーニャ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

マンテーニャ
Mantegna, Andrea
[生]1431. イゾラ・ディ・カルトゥラ
[没]1506.9.13. マントバ
イタリアの画家。パドバのフランチェスコ・スクァルチョーネ師事,1441年師の養子となり,1448年パドバのサンタ・ソフィア聖堂の祭壇画を描いた。幼時から人文主義的文化に接し,パドバで仕事をしたフィレンツェ画家たちの影響を受けて,古典的で明確な画風を確立。 1459年からマントバ侯の宮廷で活躍。 1488年には教皇インノケンチウス8世の依頼でバチカン宮殿の小礼拝堂の装飾のためにローマを訪問,1495~96年対フランス戦勝記念の『勝利の聖母』 (ルーブル美術館) を制作,完成後はカペラ・ディ・ビットリアに安置された。 1491年以後は銅版画も制作。その他の作品は,死後アトリエに残されていた『死せるキリスト』 (ミラノ,ブレラ絵画館) ,『聖ジョルジョ』 (ベネチア・アカデミア美術館) など。

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デジタル大辞泉

マンテーニャ(Andrea Mantegna)
[1431~1506]イタリアの画家。壮大な着想と厳格な写実で、北イタリアルネサンスを代表。

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世界大百科事典 第2版

マンテーニャ【Andrea Mantegna】
1431‐1506
イタリアの画家。パドバ近郊の生れ。1448‐60年ごろ,パドバで活動。13世紀創設の大学の所在地でもあるパドバは,中世以来人文主義が盛んで,彼が師事したスクアルチオーネも古代の美術品を収集して弟子の教育に用いたと伝えられる。またこの町にはジョットのスクロベーニ礼拝堂壁画が残り,また1440年代にはドナテロが滞在して制作活動を行うなどの芸術的土壌があって,それらがマンテーニャの画家としての形成に影響を与えたと思われる。

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大辞林 第三版

マンテーニャ【Andrea Mantegna】
1431~1506 イタリアの画家。北イタリアルネサンスを代表する壁画を多く描いた。代表作「死せるキリスト」

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日本大百科全書(ニッポニカ)

マンテーニャ
まんてーにゃ
Andrea Mantegna
(1431―1506)
イタリアの画家。パドバ近郊に生まれ、少年期から生地の画家スクワルチオーネに師事し、その養子となる。1448年、早くも同市エレミターニ聖堂オーベターリ礼拝堂(1944年戦争で罹災)の装飾を数人の画家たちとともに委嘱され、56年までに「聖ヤコブの生涯」「聖母被昇天」「聖クリストフォルスの殉教」の諸場面を仕上げた。59年にはベローナのサン・ゼーノ・マッジョーレ聖堂の祭壇画『聖母子と諸聖者』を制作したが、これらの作品には師匠スクワルチオーネ由来の考古学的知識や、おりしもパドバ滞在中のドナテッロの感化による彫塑的な表現が際だっている。
 1460年にはマントバの領主ゴンザーガ家の宮廷画家に登用され、以後、短期間ローマやトスカナに滞在したことはあるが、終生この文化都市で過ごした。マントバにおける大作は1471~74年に制作したパラッツォ・ドゥカーレのカーメラ・デリ・スポージ(夫妻の居室)の壁画と天井画である。壁画は領主一族の屋内と屋外での集団肖像画であるが、人物の配列や個性描写の適確さにおいて、イタリア・ルネサンス絵画のなかでも傑出している。84年に新領主となったフランチェスコの要請により装飾画『カエサルの凱旋(がいせん)』(17世紀にイギリス国王チャールズ1世に売却され、ロンドン西郊ハンプトン・コートに現存)を描いたが、古代ローマについての正確な知識をもとにした独特の装飾効果を示している。そのほか彼の作品はヨーロッパ各地の美術館に散在するが、とくにミラノのブレラ美術館の『死せるキリスト』(1465~66)は、モノクロームに近い色彩効果によって精神の厳粛さと安らぎが暗示される、含蓄に富む表現をみせている。また彼は銅版画にも優れた作品を残している。[濱谷勝也]

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精選版 日本国語大辞典

マンテーニャ
(Andrea Mantegna アンドレア━) イタリア、ルネサンスの画家。パドバ派、フィレンツェ派、ベネチア派などの影響を受け、北イタリアのルネサンス様式の確立に寄与。パドバ、マントバで活躍し、銅版画にもすぐれた作品を残す。代表作に「死せるキリスト」など。(一四三一‐一五〇六

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