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ボロジン

大辞林 第三版

ボロジン【Borodin】
〔Aleksandr Porfir'evich B.〕 (1833~1887) ロシアの作曲家。生涯、有機化学の研究を続けながらロシア民族音楽の創造に努力し、社会改革運動にも活躍した。ロシア国民学派の五人組の一人。代表作、オペラ「イーゴリ公」、交響詩「中央アジアの草原にて」など。ボロディン。
〔Mikhail Markovich B.〕 (1884~1951) ソ連の政治家。コミンテルンで活動。1923~27年中国で国民党の政治顧問として国共合作を指導。帰国後スターリンの粛清で死亡。

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(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ボロジン【Aleksandr Porfir’evich Borodin】
1833‐87
ロシアの作曲家,化学者。子ども時代からピアノ,フルート,チェロなどを学び,作曲も試みる。1850‐56年ペテルブルグ薬科外科アカデミーで薬学と化学を学び,58年薬学博士号を取得。62年バラーキレフと知り合って〈五人組〉のメンバーとなり,本格的な作曲活動を始める。しかし,62年から母校,63年から林学専門学校で化学を教えていたこともあって,創作はあまり進まなかった。ロシア国民楽派の一人で,リストの紹介により五人組の中でも早くからヨーロッパで知られていた。

出典:株式会社平凡社
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ボロジン【Mikhail Markovich Borodin】
1884‐1951
ソ連邦の政治家。早くから地下運動と亡命の生活を続け,1907‐18年,アメリカに在住し,ロシア政治犯の救援活動に当たった。19年以降,コミンテルンの活動家としてトルコメキシコスペイン,イギリスを転々としたが,23年には孫文の広東政府に招かれて広州に赴き,政治顧問として中国国民党とその国共合作を指導した。27年国共分裂とともに帰国,貿易人民委員代理,タス通信副社長を経て,34年から第2次大戦後にかけて対外接触の窓口である情報局に籍を置いた。

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ボロジン【Sergei Petrovich Borodin】
1902‐74
ソ連邦の作家。筆名アミル・サルギジャンAmir Sargidzhan。中央アジアの歴史と文化とに傾倒し,おもにウズベク共和国で活動した。中央アジアの民衆生活を描いた《最近のブハラ》(1931),ティムールの生涯を題材とした三部作《サマルカンドの星》(1953‐73)などのほか,アイニーの回想録のロシア語訳《ブハラ》でも知られる。なお,ロシア史に取材した《ドミトリー・ドンスコイ》(1942)はソ連邦国家賞を受賞した。

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