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ボアズ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ボアズ
Boas, Franz
[生]1858.7.9. ミンデン
[没]1942.12.21. ニューヨーク
ドイツ生れのアメリカの文化人類学者。事実上,アメリカ人類学の創設者であり,最も影響力の強い人類学者であった。その研究領域は,人類学のほとんど全分野に及んでいる。ハイデルベルク大学とボン大学で物理学と地理学を学び,1881年にキール大学で博士号を取得。 83~84年カナダのバフィン島で調査を行いイヌイット (→エスキモー ) に興味をもち,86年に北太平洋沿岸のクワキウトル族,ブリティシュコロンビアの諸民族を調査。 87年にアメリカに帰化し,99年コロンビア大学教授。 1901~05年シベリアと北アメリカの先住民の関係を調査。以後,主として北アメリカインディアンの言語,宗教を調査し,自然人類学にも貢献した。主"The Mind of Primitive Man" (1911) ,"Race,Language and Culture" (40) 。 (→文化領域 )  

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ボアズ(Franz Boas)
[1858~1942]米国の文化人類学者。ドイツ生まれ。米国人類学の父と称される。カナダエスキモーや、北米北西海岸のネイティブアメリカン調査・研究した。科学的人類学を唱えて進化主義的人類学を批判した。著「クワキウトル民族誌」など。

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世界大百科事典 第2版

ボアズ【Franz Boas】
1858‐1942
アメリカの文化人類学者。ドイツに生まれ,キール大学物理学地理学を修めたが,1883‐84年のバフィン島のエスキモー調査を契機に人類学へ転進した。87年ドイツを去り,96年よりコロンビア大学で人類学を講じたが,彼のもとからA.L.クローバー,C.ウィスラー,R.H.ローウィ,R.ベネディクト,M.ミードら数多くのすぐれた人類学者が輩出した。〈アメリカ人類学の父〉と称されるゆえんである。北米インディアンの集中的実地調査を中心に,民族文化の基礎的データの蓄積精力をそそぎ,安易な理論仮説提示を自分にも弟子たちにもいましめた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ボアズ【Franz Boas】
1858~1942 ドイツ生まれのアメリカの人類学者。カナダのイヌイットや北アメリカ北西海岸のネーティブアメリカンを調査。心理的・歴史的要因を重んじ、その民族の内側から文化を記述する研究態度に徹した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ボアズ
ぼあず
Franz Boas
(1858―1942)
アメリカの文化人類学者。極北や北米での豊富な調査体験をもとに、アメリカ文化人類学に総合人類学としての方向づけを与え、クローバー、ベネディクトら次代の第一線級の人類学者を育てるなど大きな貢献をしたので、アメリカ人類学の父と称されている。
 ドイツに生まれ、物理学を専攻、23歳のときキール大学で学位を得た。早くから民族学にも興味を示し、地理学をも学んだことがきっかけとなって、25歳のとき極地エスキモー、さらに3年後にはブリティッシュ・コロンビアの先住民集団クワキウトルの調査を行った。このおりに触れたアメリカ合衆国の自由な雰囲気にひかれ、1887年アメリカに帰化し、1889年からマサチューセッツのクラーク大学で、1896年から1936年の退官までコロンビア大学で人類学を教えた。
 彼の調査は、住民の間に入り込み、その思考の内面にまで及ぼうとするもので、いわゆる安楽椅子(いす)人類学者全盛の当時としてはユニークなもので、マリノフスキーらイギリス社会人類学者による本格的現地調査を一世代先行していた。先住民の物質文化、形質、言語、社会、宗教、神話、心理などについての原語テキストを多く含む膨大な記録は、ボアズの実証主義、総合人類学を支えていた。彼が、環境決定論、人類進化史の復原、歴史法など、そのときどきに強い関心を寄せながらも遠ざかったのも、事実との照合の結果、それらでは十分説明しえないことに気づいたためであった。彼がなによりも関心を寄せたのは、たとえばクワキウトルの怪異な仮面や丹念な装飾の背後に隠れている豊かな内面思考、つまり文化のシンボリックな面にあり、これは、晩年関心を寄せた文化と個人のテーマに連なるものである。また、一般への啓蒙(けいもう)活動、とくに人種主義への批判などにも積極的だった。[末成道男]

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