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ヘロドトス

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ヘロドトス
Hērodotos
前5世紀のギリシア歴史家。「歴史の父」と呼ばれる。小アジアハリカルナッソスの出身。若い頃国を追われ,エジプトリビアシリア,バビロニア,トラキアなどの各地を歴訪アテネソフォクレスペリクレスを知り,南イタリアのギリシア植民都市トゥリオイの建設に参加,のちアテネに戻った。過去の出来事を詩歌ではなく実証的学問の対象にした最初のギリシア人で,ペルシア戦争とその背景を主題とする『歴史』 Historiai (9巻) はギリシア散文史上最初の傑作とされる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル大辞泉

ヘロドトス(Hērodotos)
前5世紀の古代ギリシャの歴史家。小アジアの生まれ。オリエントを広く旅行し、その見聞に基づき、ペルシア戦争を中心にした「歴史」を著述、歴史の父とよばれる。ヘーロドトス。生没年未詳。

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世界大百科事典 第2版

ヘロドトス【Hērodotos】
前5世紀のギリシアの歴史家。生没年不詳。キケロ以来〈歴史の父〉とよばれている。ハリカルナッソスの名門に属するリュクセスの子。彼は若いころペルシアの後援で同市に独裁政(僭主政)を樹立せんとするリュグダミスとの抗争の渦中にあって敗れ,一家は一時サモス島に移ったらしい。前445年ころペリクレスが活躍するアテナイを訪れ,ペルシア戦争史の一こまを演説して人気を博し,アテナイは多額の金を贈って感謝したと伝えられる。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ヘロドトス【Hērodotos】
前484頃~? 古代ギリシャの歴史家。オリエント各地を旅行し、その間に得た見聞を織り込みながらペルシャ戦争を「歴史」に記述。「歴史の父」と称される。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ヘロドトス
へろどとす
Herodotos
(前484ころ―前420以前)
古代ギリシアの歴史家。キケロにより「歴史の父」とよばれる。

生涯

小アジアのドーリス地方のハリカルナッソスの名家に生まれる。僭主(せんしゅ)リグダミス打倒の試みに参加して敗れ、サモス島に亡命。紀元前455年ごろいったん帰国したようであるが、その後まもなく研究調査の旅行に出、各地でその成果を口演し、前445年ごろアテネを訪れ、前443年に南イタリアにおけるアテネの植民市トゥリオイの建設に加わって、その市民権を得、そこで死んだと思われる。古代の大旅行家で、その足跡は、東はメソポタミアのバビロン、西は南イタリア、北は黒海北岸、南はナイル川を1000キロメートルもさかのぼったエレファンティネ島に及んだ。[清永昭次]

『歴史(ヒストリアイHistoriai)』

ヘロドトスは、各地での目撃、伝聞、文献などに基づく探究の成果(ヒストリア)を書きため、アッティカ方言と詩語を交えたイオニア方言を用いて、それを大著『歴史』にまとめあげた。これを9巻に分けたのは、前2世紀のアレクサンドリアの文献学者アリスタルコスだったと考えられる。本書においてヘロドトスは、西方のギリシア人と東方のバルバロイの抗争を伝説時代から説き起こし(1巻1~5章)、小アジアのギリシア人を支配し、本土のギリシア人と友好関係を結んだ最初のバルバロイの王国であるリディアの盛衰(1巻6~94章)と、これを滅ぼしたペルシア帝国の発展(1巻95章~5巻22章)の跡をたどり、この帝国に対して小アジアのギリシア人が蜂起(ほうき)したイオニア反乱(5巻23章~6巻42章)を経て、ペルシアの大遠征軍を迎えてギリシアが勝利したペルシア戦争の経過を、前479年まで詳述した(6巻43章~9巻121章)。最後の章(9巻122章)で完結しているか否かについては意見が分かれている。また地理学、民族学的内容のものを中心に、長短さまざまな「脱線」が随所に挿入されているが、ギリシア人とバルバロイの偉大な事績の数々、とくにペルシア戦争とその原因を後世に伝えるという目標(序章)に沿って、東西の対立抗争のクライマックスとしてのペルシア戦争に叙述が集中していくように、全体が構想されている。
 ヘロドトスは天才的な語り手で、その著作は「物語り的歴史」とよばれ、またしばしば、同じ事柄についてのさまざまな資料をそのまま提供しているが、信憑(しんぴょう)性を判断できる場合は資料を選択している。彼には民族的偏見がなく、観念よりも事実への関心が強く、神話を疑うこともあったが、基本的には神々、神託、前兆などを受け入れ、運命と偶然に縛られる世界において、人間はなお行動の自由をもつが、その限界を超えた傲慢(ごうまん)は神々の警告を受け、罰せられると信じた。彼の『歴史』への批判は、トゥキディデス以来続いており、確かに誤った叙述や脱漏などもあるが、今日では信頼性が高いとみる見解が一般的である。[清永昭次]
『松平千秋訳『歴史』全3冊(岩波文庫)』

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精選版 日本国語大辞典

ヘロドトス
(Herodotos) 紀元前五世紀のギリシアの歴史家。その著「歴史」はペルシア戦争の歴史を軸に、東方諸国の歴史・風土・伝説、ギリシア諸ポリスの歴史を記したもので、物語的歴史の典型。「歴史の父」と呼ばれる。生没年未詳。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

ヘロドトス
Herodotos
前484ごろ〜前425ごろ
古代ギリシアの歴史家
小アジアのハリカルナッソスの名門の生まれ。政争により亡命し,のちアテネに移り,ペリクレス・ソフォクレスと交わったという。オリエントなどを広く旅行して得た豊かな見聞をもとに,ペルシア戦争を主題に,伝承挿話を織りこんで『歴史』を書いた。これはオリエントの歴史や生活・風俗を知る貴重な史料であり,また物語風の歴史の典型とされ,「歴史の父」といわれる。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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