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ヘルクラネウム

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ヘルクラネウム
Herculaneum; Hērakleion
イタリア南部,カンパーニャ州にある廃都。ギリシア名ヘラクレイオン。イタリア名エルコラーノ Ercolano。前6世紀頃にギリシアの植民地として築かれ,前 89年にローマの支配下に属したが,79年のベズビオ火山の噴火によりポンペイとともに埋没した。 1927年来の組織的な発掘調査によると,この古代都市は帝政ローマ時代の初期にヒポダモス式,すなわち方形プランの都市計画によって形成され,碁盤の目のように直角に走る道路がつくられた。さらに浴場や劇場などの公共建築物とともに,さまざまな形式の個人住宅が数多く並んでいた。室内を飾ったモザイク画とフレスコ画が多く残され,ポンペイに次ぐ古代絵画の宝庫といわれる。 1997年ポンペイ,トレアンヌンツィアータの遺跡とともに世界遺産の文化遺産に登録。

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デジタル大辞泉

ヘルクラネウム(Herculaneum)

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世界大百科事典 第2版

ヘルクラネウム【Herculaneum】
イタリア南部,ナポリの南東約8kmにある,ナポリ湾に面した古代都市遺跡。現在名はエルコラーノErcolano。紀元79年のベスビオ山噴火によって埋没した。火山灰・礫の堆積したポンペイと異なり,火山性泥流によって約30mもの厚さに覆われたため,保存状態はポンペイよりも良好である。ただし泥流は固い凝灰岩となり,18世紀以降その上に住宅が建設されたため,全域の発掘は困難である。 ヘラクレスに関する伝承にその名が由来するこの町は,ギリシア都市キュメKymē(ラテン名クマエCumae)とエトルリアの都市カプア,それにカンパニア地方の諸都市との交易によって発展した。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ヘルクラネウム
へるくらねうむ
Herculaneum
イタリア南部、ベスビオ火山西麓(せいろく)にあった古代都市。ヘルクラネウムはラテン名で、ギリシア名ヘラクレイオンHrakleion、イタリア名エルコラノErcolano。現在のエルコラノはカンパニア州ナポリ県の町で、人口5万4699(2001国勢調査速報値)、古代都市の跡に位置する。1997年にポンペイ、トッレ・アヌンツィアータとともに世界遺産の文化遺産として登録されている(世界文化遺産)。
 古くよりオスク、サムニウムなどのイタリア系民族が居住したが、やがて紀元前6世紀にギリシア人が植民してギリシア風の都市となり、ネアポリス(ナポリ)の影響下に入った。名称は、ヘラクレスを守護神としたことによる。一時ヌケリアに支配されてサムニウムの同盟に入ったが、カンパニアに進出したローマに服し、これと同盟して前1世紀に自治都市となった。当時の人口は約5000だがローマ市民の別荘地として繁栄し、公共建築や瀟洒(しょうしゃ)な邸宅が建てられた。紀元後79年8月24日ベスビオ火山の大爆発により熱泥流に襲われ、ポンペイとともに一瞬のうちに埋没した。その後復興されず、覆土の上に集落ができていたが、1927年に正式に発掘が始まり、古代史の解明に貴重な資料を提供している。[松本宣郎]

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