Rakuten infoseek

辞書

ブンゼン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ブンゼン
Bunsen, Robert Wilhelm Eberard
[生]1811.3.30. ゲッティンゲン
[没]1899.8.16. ハイデルベルク
ドイツの化学者。ゲッティンゲン大学で学び,1830年学位取得後,さらにパリ,ベルリン,ウィーンなどで学び,ゲッティンゲン,マールブルク,ブレスラウの各大学で教え,52年以来ハイデルベルク大学教授となり,多くの学生を育て,一派をなした。ブンゼンの名を冠した電池 (→ブンゼン電池 ) やバーナ (→ブンゼンバーナ ) のほか,アーク照明,分子量測定装置,氷熱量計 (→ブンゼンの氷熱量計 ) など数多くの装置を改良・発明した。 59年頃,G.キルヒホフとともに分光分析の方法を発見した。この分析法は太陽や星の研究に大きな役割を果すことになる。ブンゼン自身はこの方法を用いてルビジウムセシウムを発見した。 36年実験中の事故で片眼を失い,また終生独身を通した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ブンゼン(Robert Wilhelm Bunsen)
[1811~1899]ドイツの化学者。1855年、無色炎のブンゼン灯を発明。のち、分光分析法を確立してルビジウムセシウムを発見。ブンゼン電池・ブンゼン光度計などの実験器具装置も発明。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ブンゼン【Robert Wilhelm Bunsen】
1811‐99
ドイツの化学者。ゲッティンゲンに生まれる。1831年ゲッティンゲン大学を卒業,32年から33年にかけてベルリン,パリ,ウィーンに留学し,各地の工場や鉱山をみてまわる。39年マールブルク大学助教授,41年同大学教授となる。42年ハイデルベルク大学,51年ブレスラウ大学の教授を務めた。理論を立てるよりも秤量(ひようりよう)と測定の実験に興味をもち,多くの実験装置を発明した。ブンゼンバーナー,化学光量計,フィルターポンプ,分子量測定装置,熱量計,電池などである。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ブンゼン【Robert Wilhelm Bunsen】
1811~1899 ドイツの化学者。キルヒホッフと協力して分光分析法を確立し、セシウム・ルビジウムを発見したほか、ブンゼン電池・ブンゼンバーナーなど多くの器具を発明。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

ブンゼン
ぶんぜん
Robert Wilhelm Eberhard Bunsen
(1811―1899)
ドイツの化学者。分光化学の開拓者。ゲッティンゲンで4人兄弟の末子として生まれる。父はゲッティンゲン大学の現代言語学の教授。母はイギリスのハノーバー王家の士官の娘。父方の親族には貨幣鋳造の工匠が多かった。ブンゼンはゲッティンゲン大学に学び、化学は1817年にカドミウムを発見したストロマイヤーFriedrich Stromeyer(1776―1835)に師事した。1830年、19歳で物理学上の研究で博士号を取得、1830年から1833年にかけて国内およびヨーロッパ各地を回り、機械工場見学、地質調査、鉱石学研究などを行い、またJ・リービヒ、E・ミッチェルリヒ、F・ルンゲ(アニリンの発見者)ら多数の化学者を訪れ、広く学習した。1833年にゲッティンゲン大学私講師となり、1836年F・ウェーラーの後任としてカッセルの高等工芸学校教授に招かれ、1838年マールブルク大学に移り、1841年同大学教授、1851年ブレスラウ大学教授、1852~1889年ハイデルベルク大学教授(L・グメーリンの後任)を務めた。
 研究の初期には、亜ヒ酸金属塩の不溶性に関する研究からヒ素毒の解毒剤を発見するなど、生理化学分野の研究を行ったが、カッセルでは純化学分野に移り、ヒ素を含む有毒な有機化合物カコジルについて研究し、1837~1842年にかけて五つの論文を発表した。この研究のなかで遊離のカコジル基(C4H12As2)なるものを発見したとし、リービヒ、ウェーラーらの「基の理論」を支持する形になったが、まもなく基の論議から手を引いた。なお、カコジル研究を始めてまもなく、閉じた試験管中でシアン化カコジルが爆発し、片眼の視力を失った。
 以上と併行して、炉の熱効率改善の研究や電池の改良を試み、高価な白金電極のかわりに炭素電極を用いるなど、工場などでの利用の道を広げた。ハイデルベルク時代の初めには、改良電池を使って電気分解の研究を行い、純粋の金属として、1852年クロム、マンガン、マグネシウム、ついでアルミニウム(1854)、ナトリウム、バリウム、カルシウム、リチウム(ともに1855年)などを得た。また比熱測定によりその精密な原子量を得ようとして氷熱量計を発明。線状にしたマグネシウムの燃焼により明るい光が得られることから出発して、弟子のH・ロスコーとともに1852~1862年光化学を研究、水素と塩素の混合物が光により塩化水素になる反応を定量的に調べ、その反応生成量が照射光の強さと照射時間の積に比例することを発見した。
 1855年ブンゼンバーナーを発明、これを使って物理学者キルヒホッフと共同で元素の炎色反応を体系的に調べ、試量が微量でも、スペクトルの線の位置によって元素の存在を特定できることを確認し、この線の正確な位置を知るための分析装置をつくった(1859)。この装置とはブンゼンバーナー、葉巻たばこの空箱、三角プリズム、そして使い古しの二つの望遠鏡からなる新しい分光器(スペクトロスコープ)であった。この分光器を使って翌1860年、ブンゼンとキルヒホッフはデュルクハイムの泉水から新元素ルビジウムとセシウムを発見した。この年、2人は『スペクトル観察による化学分析』を発表した。その後、ほかの研究者たちによってタリウム(1861)、インジウム(1863)、ガリウム(1875)、スカンジウム(1879)、ゲルマニウム(1886)などの新元素が分光器によって次々と発見され、分光化学は急速に発展していった。ブンゼンは生涯独身で研究・教育に打ち込み、彼の下から多数の化学者が育った。[道家達將]
『Theodor Curtius Robert Bunsen (ed. by Edward Farber “Great Chemists” pp. 575~581, 1961, Interscience Pub. New York) ▽Susan G. Schacher Bunsen (“Dictionary of Scientific Biography” pp. 586~590, 1970~1981. Charles Scribner's Sons)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ブンゼン
(Robert Wilhelm Eberhard Bunsen ロベルト=ビルヘルム=エベルハルト━) ドイツの化学者。元素のセシウムとルビジウムを発見。ブンゼン光度計・ブンゼンバーナー・ブンゼン氷熱量計・ブンゼン電池など実験用器具を考案。(一八一一‐九九

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

化学辞典 第2版

ブンゼン
ブンゼン
Bunsen, Robert Wilhelm Eberhard

ドイツの化学者.ゲッチンゲン大学で,カドミウムの発見者F. Stromeyerに化学を学び,1830年湿度測定に関する論文で学位を取得.ヨーロッパ各地を遊学後,1833年ゲッチンゲン大学講師となった.1836年F. Wölher(ウェーラー)の後任としてカッセルの工業専門学校,1838年マールブルク大学に転じた.1852年ハイデルベルク大学の教授となり,1889年に引退するまでその任にあった.1837~1842年の五つの論文はカコジル化合物に関する研究で,これはかれにとって有機化学分野における唯一の研究である.1843年シアン化カコジルの爆発によって右眼を失明した.1838~1846年にかけて鋳鉄の工業的製法について研究している際に,ガス分析法を開発した.1840年代,1850年代を通じて,電池の改良を試みた.1841年に製作した,負極に高価な白金のかわりに炭素を用いた電池は,ブンゼン電池として知られている.1852~1862年には,H.E. Roscoe(ロスコー)と共同して水素と塩素から塩化水素を生成する際の光化学反応を研究した.1860年代にはG.R. Kirchhoffとともに分光学分析を発展させたが,このことは1860年のセシウム,1861年のルビジウムの発見につながった.このほか,かれの名を冠したブンゼンバーナーは有名である.その実験の巧みさは天才的だったが,理論にはほとんど関心をもたなかった.

出典:森北出版「化学辞典(第2版)」
東京工業大学名誉教授理博 吉村 壽次(編集代表)
信州大学元教授理博 梅本 喜三郎(編集)
東京大学名誉教授理博 大内 昭(編集)
東京大学名誉教授工博 奥居 徳昌(編集)
東京工業大学名誉教授理博 海津 洋行(編集)
東京工業大学元教授学術博 梶 雅範(編集)
東京大学名誉教授理博 小林 啓二(編集)
東京工業大学名誉教授 工博佐藤 伸(編集)
東京大学名誉教授理博 西川 勝(編集)
東京大学名誉教授理博 野村 祐次郎(編集)
東京工業大学名誉教授理博 橋本 弘信(編集)
東京工業大学教授理博 広瀬 茂久(編集)
東京工業大学名誉教授工博 丸山 俊夫(編集)
東京工業大学名誉教授工博 八嶋 建明(編集)
東京工業大学名誉教授理博 脇原 將孝(編集)

Copyright © MORIKITA PUBLISHING Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ブンゼン」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ブンゼンの関連情報

関連キーワード

クライストベートーベンエルギンベッテルハイムライト坂東彦三郎(3代)合衆国銀行カルル・フリードリヒ競技場古史伝

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.