Rakuten infoseek

辞書

フェレイラ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

フェレイラ
Ferreira, António
[生]1528. リスボン
[没]1569. リスボン
ポルトガルの詩人コインブラ大学で法律を学び,人文主義者ディオーゴ・デ・テーベと交わる。リスボンで判事をしていたときに,ペストで死亡。代表作の悲劇カストロ』A Castro (1557執筆,87刊) は古典劇の傑作で,詩人ガルシア・デ・レゼンデによって始められたテーマである,王子ペドロと美しい女官イネース・デ・カストロの悲恋を扱ったものである。2つの喜劇『ブリスト』 Bristoと『嫉妬深い男』 Cioso (ともに 1622刊) がある。詩作品は『ルジターニアの詩』 Poemas Lusitanos (1598) に収められている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

フェレイラ
Ferreira, Cristovão
[生]1580. トレスベドラス
[没]1650.11.4/5. 日本
日本名は沢野忠 (仲) 庵。ポルトガルのイエズス会司祭。 1596年 12月イエズス会に入り,のちマカオを経て,1609年5月 16日来日,布教に成功を収め,32年 12月 23日同会の日本管区長となった。寛永 10 (1633) 年長崎で捕えられ,迫害拷問の末転向を表明,沢野忠庵と名のり長崎に住んで江戸幕府の通詞をつとめ,宗門改め役に協力して目明かし忠庵と呼ばれた。同 13年キリスト教を反駁した『顕偽録』を刊行した。また『天文備用』 (1644) ,『南蛮流外科秘伝書』 (のち『阿羅陀外科指南』と改題) をわして向井元升,西玄甫らの門人に西洋学術を伝え,蘭学への道を開いた。晩年に信仰を再び表わし,死したと伝えられる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

フェレイラ(Christovão Ferreira)
[1580~1650]ポルトガルイエズス会師。日本名、沢野忠庵。慶長14年(1609)ごろ来日し、上方を中心に布教迫害にあって棄教。宗門改めに協力。蘭学発展の基礎を築いた。著「顕偽録」「南蛮外科秘伝書」など。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

フェレイラ【Christóvão Ferreira】
1580‐1650
イエズス会司祭。のち棄教して,日本名沢野忠庵を名のる。ポルトガルのトレス・ベドラス出身。1596年イエズス会に入り,1609年(慶長14)来日して京都布教に従事。禁教令施行後も日本に残留潜伏し長崎で管区長秘書を務め,のち23年(元和9)ころ上京し当地方の地区長,32年(寛永9)日本準管区長に任命されるが,翌年捕らわれ穴吊り刑の拷問にかけられ棄教,36年イエズス会より追放される。同年沢野忠庵の日本名で《顕偽録》を著しキリシタン宗門の真偽を論じて排耶論を展開し,のちの排耶書に教理的裏づけを与えた。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

フェレイラ【Christovão Ferreira】
1580~1650 ポルトガルのイエズス会宣教師。日本名、沢野忠庵。1610年来日。日本管区長となるが、捕らえられて棄教。宗門改めに協力し、鎖国下で西洋医学・天文学を伝えた。著「顕偽録」

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

フェレイラ
ふぇれいら
Christvo Ferreira
(1580―1650)
日本名沢野忠庵(さわのちゅうあん)。転び伴天連(バテレン)。ポルトガルのジブレイラに生まれ、1596年イエズス会に入会。1609年(慶長14)ごろ来日し、京都、大坂など上方(かみがた)を中心に布教活動を行い、1632年(寛永9)同会日本管区長となる。キリスト教迫害下の長崎に潜伏中、1633年に捕らえられ、過酷な穴吊(づ)りの拷問にあって、耐えきれず棄教した。その後、沢野忠庵の名で幕府のポルトガル通詞(つうじ)となり、またキリシタン検索のために行われた宗門改(あらため)に協力して、「目明し忠庵」とよばれた。キリシタン排撃の書である『顕偽録』(1636)を著したほか、鎖国下の日本に西洋医学や天文学を伝えた『天文備用』(1644)、『南蛮外科秘伝書』などがあり、蘭学(らんがく)発展の基礎をつくった。[磯見辰典]
『古賀十二郎著『長崎洋学史』(1966・長崎文献社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

フェレイラ
(Christovão Ferreira クリストバン━) ポルトガルのイエズス会士。日本名沢野忠庵。慶長一五年(一六一〇)頃来日し、近畿を中心に布教に努めたが、禁教の迫害にあって棄教し、幕府通辞として宗門改めに協力、「目明し忠庵」と呼ばれた。「顕偽録」「天文備用」「阿羅陀外科指南」などを著わし、鎖国下の日本に蘭学発展の基礎を築いた。(一五八〇‐一六五二

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル版 日本人名大辞典+Plus

フェレイラ Ferreira, Christovão

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

フェレイラ」の用語解説はコトバンクが提供しています。

フェレイラの関連情報

関連キーワード

安土桃山時代(年表)ポントルモアユタヤ朝トスカナ大公国コジモ1世上杉謙信武田信玄朝山日乗(ちょうざんにちじょう)ブリューゲル北畠具教

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.