Rakuten infoseek

辞書

フェヌロン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

フェヌロン
Fénelon, François de Salignac de la Mothe
[生]1651.8.6. ペリゴール
[没]1715.1.7. カンブレ
フランスの宗教家,神秘的神学者。パリのサン・シュルピス神学校で学び,1676年パリの女学校校長。異端とされたユグノー派に対する寛容を説き,信仰を強制することに反対した。 89年ルイ 14世の孫ブルゴーニュ公ルイの師傅。 93年アカデミー・フランセーズ会員。 95年カンブレ大司教。 88年ギュイヨン夫人の神秘主義に関心をいだき,静寂主義をめぐる論争に巻込まれ,97年『内的生活に関する諸聖人の箴言の解説』 Explication des maximes des saints sur la vie intérieureを書き,ギュイヨン夫人を弁護して,J.ボシュエと対立。 99年ボシュエとルイ 14世の圧力で教皇インノケンチウス 12世は彼の 23の命題を断罪した。著作のなかではルイのために書いた『テレマックの冒険』 Aventures de Télémaque (1699) が著名。ほかに『女子教育論』 Traité de l'éducation des filles (87) ,『寓話集』 Fables (1789) ,『死者の対話』 Dialogues des morts (12) ,『アカデミーへの手紙』 Lettre à l'Académie (16) など。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

フェヌロン(François de Salignac de La Mothe Fénelon)
[1651~1715]フランスの思想家・聖職者・小説家。ルイ14世の孫の教育係となり、教材として教訓物語「テレマックの冒険」を書いたが、政治批判的な内容が王の忌諱(きき)に触れて失脚した。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

フェヌロン【François (de Pons) de Salignac de La Mothe Fénelon】
1651‐1715
フランスの聖職者,思想家,文学者。ペリゴール地方の名門に生まれ,パリサン・シュルピス神学校に学び,宗門に入る。1678年プロテスタントの子女教導のためのヌーベル・カトリック修道院の院長就任。85年ナントの王令廃止後サントンジュ地方のプロテスタント改宗指導に派遣された。求めに応じて書かれた《女子教育論》(1687)は,女子が自然から授かった天性を伸ばすよう説いた,この時代では斬新な見解を述べたもの。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

フェヌロン【François de Salignac de La Mothe-Fénelon】
1651~1715 フランスの思想家・小説家。ギリシャ古典を素材とし、専制政治を批判。キエティスムを支持し教皇から糾弾された。 → テレマックの冒険

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

フェヌロン
ふぇぬろん
Franois de Salignac de La Mothe-Fnelon
(1651―1715)
フランスの作家、大司教。ペリゴールの旧貴族の家に生まれる。イエズス会の学校、パリのコレージュで学んだのち、神学校で修練士となった。1668年サン・シュルピス教会助任司祭、新カトリックの会長に任ぜられ、以後1689年まで、ナントの勅令廃止で旧教徒に改宗した婦女子の教育に携わる。このころ彼はボシュエの弟子としてマントノン夫人に紹介され、ボービエ夫人Duchesse de Beauvillier(1660―1733)たちと交わり、『女子教育論』(1687)を発表する。1689年ブルゴーニュ公の師傅(しふ)に任ぜられ、1693年にはアカデミー・フランセーズ会員に選ばれるが、神秘思想キエティスム(静寂主義)の伝道者ギュイヨン夫人Mme Guyon(1648―1717)との交友を非難され、神秘思想を弁護するため『内面生活に関する聖者格言の解説』(1697)を著す。ローマ教皇はこの書に有罪判決を下し、フェヌロンをカンブレの大司教に左遷、孤独のうちに同地で没。代表作『テレマックの冒険』(1699)はこの緊張した歳月の間に書かれた。[植田祐次]
『志村鏡一郎訳『女子教育論』(『世界教育学選集11』所収・1960・明治図書出版)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

フェヌロン
(François de Salignac de La Mothe Fénelon フランソワ=ド=サリニャク=ド=ラ=モート━) フランスの宗教家、小説家。著「テレマックの冒険」は古典主義文学の傑作、啓蒙主義思想にも大きな影響を与えた。(一六五一‐一七一五

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

フェヌロン」の用語解説はコトバンクが提供しています。

フェヌロンの関連情報

関連キーワード

コルネイユ(Pierre Corneille)徳川家光テニールスケンペル堀田正盛丸橋忠弥由比正雪丸橋忠弥徳川家光由井正雪・由比正雪

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.