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ピテカントロプス

デジタル大辞泉

ピテカントロプス(〈ラテン〉Pithecanthropus)
ジャワ原人(ホモ‐エレクトゥス‐エレクトゥス)の旧属名。→ホモ‐エレクトゥス

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世界大百科事典 第2版

ピテカントロプス【Pithecanthropus】
ドイツの生物学者E.ヘッケルがいつか発見されるはずの人類の祖先の呼名として提唱し,のちにオランダの解剖学者E.デュボアがインドネシアのジャワ島で実際に発見した化石人類に与えた名称。ジャワ原人と訳される。ピテカントロプスの発見は,ジャワ島中央部を流れるソロ川沿岸のトリニールTrinilで,1891年から翌年にかけてデュボアが頭蓋冠と歯と大腿骨の化石を発掘したのに始まる。彼は脳頭蓋の形がヒトとサルの中間型であることと,大腿骨の形が現代人的であることから,〈直立した猿人〉という意味のラテン語学名〈ピテカントロプス・エレクトゥスP.erectus〉をこの化石人類につけて発表した。

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ピテカントロプス
Pithecanthropus
1891~1900年オランダの E.デュボアによりジャワ島で発見された初期人類の化石遺残。脳頭蓋が小さく眼窩上隆起が発達し,額が狭く後退していて類人猿に似ているが,大腿骨の形から直立した姿勢をもっていたことが推測されるため,類人猿から人類に進化する途中の移行形と考えられ,ピテカントロプス・エレクトゥス P. erectus (直立猿人) と名づけられた。さらに 37年,G.ケーニヒスワルトによって頭蓋が発見され,その後も発見が続いた。年代は更新世前期とされ,シナントロプスなどとともに,ホモ・エレクトゥス (原人類) に分類される。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ピテカントロプス
ぴてかんとろぷす
Pithecanthropus
原人(学名ホモ・エレクトゥスHomo erectus)の旧属名。今日では、ジャワで発見された原人段階の化石人類の通称として用いられる。ジャワ原人ともいう。ギリシア語のピテコスpithekos(サルの意)とアントロポスanthropos(ヒトの意)の合成語で「猿人」の意。
 19世紀後半にヨーロッパ大陸で進化論の普及を図ったドイツの生物学者ヘッケルは、類人猿とヒトをつなぐ鎖のうち、一つの輪は失われたとし、その「失われた輪」に相当する化石動物にピテカントロプス・アラルス(言語なき猿人の意)と命名した。その予言を信じたオランダの人類学者デュボアはジャワに渡り、1891~92年にソロ川のほとりのトリニールで、脳頭蓋(とうがい)と大腿(だいたい)骨とを互いに十数メートル離れた地点から別々に発見した。大腿骨は現生人類的であったが、脳頭蓋は低く、とくに前頭部が著しく圧平されており、その当時として他に類例をみないほど半猿半人的であった。
 にもかかわらず、デュボアは頭骨と大腿骨が同一種に属すものとみなして、これにピテカントロプス・エレクトゥス(直立猿人の意)と名づけた。この意想外の化石の発見と頭骨・大腿骨の結び付けは、以来学界の論議の的となった。しかし、1930年代に中国の周口店より多数の化石人骨(北京(ペキン)原人)が発見されるに至り、両者は同類の化石人類とみなされ、その進化上の地位が定まった。
 ところで当時は、猿人と原人とは同義語として扱われていた。しかし、1945年ごろからアウストラロピテクス類が再確認されるにしたがって、これらを猿人とし、ピテカントロプスや北京原人は原人として進化段階を分けるようになった。また原人の研究が進むにつれ、それは明らかに人類の一員であり、それゆえピテカントロプスとよぶより、ホモ・エレクトゥス(直立人猿)とよぶことのほうがふさわしいと考えられた。
 ジャワからはその後もかなりの数の原人化石が発見されている。トリニールからは1900年までにさらに4本の大腿骨と3本の歯が発見された。ケドゥンブルブスからは1890年に未成年の下顎(かがく)骨が発見されていた。サンギランは化石人骨の宝庫であり、1937~38年にオランダの人類学者ケーニヒスワルトにより、頭骨号が発見され、第二次世界大戦後は号がインドネシアの人類学者サルトノにより、号が同じくインドネシアの人類学者ヤコブにより発見されている。これらの標本には文化遺物は伴出していない。また頭蓋容量は推定900ミリリットル前後である。生存年代は第四紀更新世(洪積世)前期末、約100万~70万年前とみられている。[香原志勢]

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精選版 日本国語大辞典

ピテカントロプス
※貧乏物語(1916)〈河上肇〉五「学問上では此人間を名づけてピテクアントロプス(猿の人)と謂って居るさうである」

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