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ヒルベルト

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ヒルベルト
Hilbert, David
[生]1862.1.23. ケーニヒスベルク
[没]1943.2.14. ゲッティンゲン
ドイツの数学者,論理学者。ケーニヒスベルク大学に学び,1885年学位取得。同大学の私講師 (1886~92) ,助教授 (92~93) ,教授 (93~95) 。 95年に F.クラインの推薦によって,ゲッティンゲン大学教授となり,生涯ゲッティンゲンにとどまる。当時のゲッティンゲンは C.ガウス,P.ディリクレ,G.リーマン,クラインによって,盛んな数学の伝統がつくられており,さらにヒルベルトが加わって,20世紀初めの 30年間は世界の数学のメッカとなった。ヒルベルトの業績をみると5~10年ごとに,かなりはっきりと専門が分れており,しかもそれらのすべての分野において画期的なものであった。彼の業績は 19世紀までの近代数学と異なる性格の現代数学の始りを告げるものである。パリの第2回国際数学者会議 (1900) の席上,「数学の諸問題」のテーマで講演し,数学における問題の重要性を指摘し,23の未解決の問題をあげて,将来の創造的研究の輪郭を示した。晩年は,ナチスの台頭により,孤独で寂しいものであったといわれている。

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デジタル大辞泉

ヒルベルト(David Hilbert)
[1862~1943]ドイツ数学者代数的整数論幾何学基礎論積分方程式論など広い分野で貢献。1900年パリの国際数学者会議で23の未解決の問題を提起し、20世紀の数学発展に示唆を与えた。

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世界大百科事典 第2版

ヒルベルト【David Hilbert】
1862‐1943
ドイツの数学者。19世紀の終りから20世紀前半にかけ,全世界の数学の進歩を指導したもっとも重要な学者の1人であった。ケーニヒスベルクに生まれ同地の大学に学ぶ。1885年不変式論についての論文によって同大学の学位を得,翌年同大学私講師となりパリに留学。92年同大学教授。95年ゲッティンゲン大学教授となり,1930年退職までその職にあった。業績は数学全般にわたるが,不変式論に関する研究の後,幾何学基礎論,次いで代数的整数論,積分方程式論,解析学理論物理学,数学基礎論へと研究の主目標を移した。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ヒルベルト【David Hilbert】
1862~1943) ドイツの数学者・物理学者・哲学者。幾何学基礎論・代数的整数論・ポテンシャル論・積分方程式論・数学基礎論など多くの分野で業績を残す。1900年パリで開かれた国際数学者会議で提起した二三の問題は、ヒルベルトの問題として有名。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ヒルベルト
ひるべると
David Hilbert
(1862―1943)
ドイツの数学者。ケーニヒスベルク(現、ロシア領カリーニングラード)に生まれ、1880~1884年ケーニヒスベルク大学に学んだ。同大学での友人にミンコフスキーがおり、また1884年に助教授として着任したフルウィツAdolf Hurwitz(1859―1956)から多くのことを学んだ。ミンコフスキー、フルウィツと数学について論じ合ったことが大きな影響を与えた。1885年に学位を得ると、1年間ライプツィヒ、パリに遊学、帰国して1886年に母校の私講師になった。フルウィツは1892年にスイスのチューリヒ大学へ移るが、それまでの8年間、フルウィツの教えを受け、フルウィツの後を継いでケーニヒスベルク大学教授となり、1895年にはF・クラインの招きでゲッティンゲン大学教授となり、生涯をここで送った。
 業績は数学の全分野にわたるが、年代別には次のようになる。まず1885~1893年は代数的形式論を研究し、不変式は有限個の基底からできていることをきわめて一般的に証明、また今日の代数幾何学での基本定理の一つ、零点定理もこの形式論のなかで証明された。1894~1898年、代数的数論を研究、有名な「数論報告」(1896)を完成し、類体論への基礎を固めた。1899~1903年の業績は幾何学基礎論への貢献である。1899年出版の『幾何学基礎論』Grundlagen der Geometrieは、20世紀の数学において抽象化へ踏み出す動機を与えたもので、数学思想史上の画期的な仕事である。1900年パリで開かれた第2回国際数学者会議で「数学の問題」という講演を行い、23の未解決の問題を出した(ヒルベルトの問題)。代数学、幾何学、解析学などの広い分野にわたるこれらの問題は数学者の関心をひき、20世紀の数学の発展にとって大きな契機を与えた。1904~1912年は解析学への貢献である。積分方程式を無限次元の一次連立方程式として考え、無限次の一次変換や、二次形式論を構成しながら、今日のヒルベルト空間の基礎を確立した。1913~1922年は理論物理学を詳しく研究し、1922年以降は数学基礎論の研究を行った。形式主義の立場をとり、数学を支配している論理を詳しく調べ研究した。著書にアッケルマンWilhelm Ackermann(1896―1962)との共著『理論論理学の基礎』Grundzge der Theoretischen Logik(1928、1948改訂)、ベルナイズPaul I. Bernays(1888―1977)との共著『数学の基礎Grundlagen der Mathematik ,(1934、1939)などがある。[井関清志]
『C・リード著、彌永健一訳『ヒルベルト――現代数学の巨峰』(1972・岩波書店/岩波現代文庫)』

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精選版 日本国語大辞典

ヒルベルト
(David Hilbert ダーフィト━) ドイツの数学者。代数的整数論・幾何学基礎論・積分方程式論など広い分野で貢献。一九〇〇年パリの国際数学者会議で二三の未解決の問題を提起し、二〇世紀の数学発展に示唆を与えた。「線型積分方程式汎論」「論理学」などの著書がある。(一八六二‐一九四三

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