Rakuten infoseek

辞書

ヒッピアス

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ヒッピアス
Hippias
[生]前560頃
[没]前490. レムノス?
古代ギリシア,アテネの僭主 (在位前 528/7~510) 。父ペイシストラトスの跡を継いで僭主となり,初めは穏健な支配者で,詩人や工人を保護し,アテネは繁栄したが,弟ヒッパルコスが暗殺 (前 514) されてのち,暴政を行うようになった。前 510年アテネのクリステネスをはじめとする亡命者たちの助力を得たスパルタ軍によってアテネから追放されシゲオンに逃れ,のちアケメネス朝ペルシアダレイオス1世のもとに行った。マラトンの戦いのときにはペルシア軍を導いたといわれ,その帰途死んだといわれる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ヒッピアス
Hippias of Elis
前5世紀頃在世のギリシアソフィスト。エリス出身。プロタゴラスの同時代者としてプラトンの対話篇『大ヒッピアス』『小ヒッピアス』に登場する。数学,天文学,文法,詩,音楽,英雄伝記,手工芸など多くの学芸に長じ,あらゆる問題を論じ,あらゆる質問に解答することができたといわれる博識家

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ヒッピアス【Hippias】
アテナイの僭主ペイシストラトスの長子。生没年不詳。父の死後その後を継ぎ(前527),弟ヒッパルコスとともにアテナイの国政を指導,穏健な政治家としての手腕を示した。しかし前514年,ヒッパルコスが殺害されると,施政はしだいに強圧的となり,反対派の運動を誘発した。この派の中心アルクメオン家と結ぶスパルタ軍の侵入を一度は撃退するが,前510年,再度の攻撃を支えきれずに国外に追われ,ペルシアの宮廷に身を寄せた。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ヒッピアス」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ヒッピアスの関連情報

関連キーワード

補色可視光線カリマコス法雲ヒッピアス(古代ギリシアの僭主)アリュアテスリュディア古今要覧稿ヘプターキーNIE

他サービスで検索

「ヒッピアス」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE GROUP, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.