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パンペリー

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

パンペリー
Pumpelly, Raphael W.
[生]1837.9.8. ニューヨーク,オスウィーゴ
[没]1923.8.10. ニューポート
アメリカの地質学者。パリの鉱山学校卒業。ハーバード大学教授 (1866~73) 。文久2 (62) 年,江戸幕府の要請で来日,北海道南部の調査にあたり,火薬を用いて採掘することを教える。同治3 (64) 年清国政府に招かれ,華北の地質を調査。またミシガン,オンタリオ西部地域を踏査し (67~1901) ,有望な鉄鉱脈を発見した。 1903~04年に中央アジア,アシュハバード付近のアナウの原始農耕文化遺跡を発掘した。変成岩中に発見されるパンペリ石は彼の名にちなむ。主著『アメリカおよびアジア横断』 Across America and Asia (1870) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

パンペリー Pumpelly, Raphael
1837-1923 アメリカの地質学者,鉱山技術者。
1837年9月8日生まれ。文久2年(1862)幕府のまねきで来日。蝦夷(えぞ)地(北海道)の地質調査をおこない,火薬利用の採掘法やあたらしい製錬法をおしえた。3年離日。帰国後はハーバード大教授。1923年8月10日死去。85歳。ニューヨーク州出身。ドイツのフライベルク鉱山学校卒。

出典:講談社
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日本大百科全書(ニッポニカ)

パンペリー
ぱんぺりー
Raphael Pumpelly
(1837―1923)
アメリカの地質学者。ニューヨーク州オスウェゴーに生まれる。学業を終えたのち、1862年(文久2)に徳川幕府の招きで、北海道の渡島(おしま)半島東部の地質調査にあたった。このときに、簡単なものながら日本で初めての地質図をつくった。1863年からは清(しん)国政府の招きにより、中国華北の石炭調査に従事した。その際の研究をもとにして、それまでの風成層説に対して、黄土が湖の堆積(たいせき)物であるとする説を発表した。モンゴル、シベリアを経てペテルブルグ(現、サンクト・ペテルブルグ)に至る研究旅行のあとアメリカに戻り、鉱床調査に従事した。ハーバード大学教授、ミズーリ地質調査所所長となる。また、ミシガンから西オンタリオにかけての鉄鉱床を発見した。[木村敏雄]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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367日誕生日大事典

パンペリー
生年月日:1837年9月8日
アメリカの地質学者
1923年没

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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