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パンノニア

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

パンノニア
Pannonia
古代ローマ属州北東ドナウ川が流れ,南はダルマチアに接し,現在のオーストリア東部,ハンガリー西部,旧ユーゴスラビア一部から成る。前 35~33年頃ローマの征服が開始され,前 14年頃サバ河谷の要衝シルミウムの攻略とともに完了。しかし6年には反乱が起き,一時はハンニバル侵入以来の危機をローマにもたらした。 10年属州イリュリクムの一部から独立の州となり,106年上・下パンノニアに分割されたが,前者マルクス・アウレリウス帝 (在位 161~180) の治世を通じ,マルコマンニ族との激戦地となった。住民の多くはイリュリア人で,2世紀頃まで独自の文化を保ったが,ローマの植民化が進み,2~3世紀には,ローマ軍はこの地で編成された軍団によるところが大となり,軍人皇帝も何人か擁立された。テオドシウス1世の治世中,東ゴート人に占領された (395) 。

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世界大百科事典 第2版

パンノニア【Pannonia】
ローマ帝国の属州の一つで,現在のほぼハンガリーに当たるパンノニ族Pannoniiの居住地域。後9年イリュリクムは二つの属州に分割され,ドナウ川西岸地域一帯がパンノニアと呼ばれるようになった。ローマ軍団の前衛基地がドナウ川中流沿岸のカルヌントゥムに設けられ,下方のアクインクムとともにこの地方の政治,経済,文化の中心地として栄えたが,都市化の進展は目だったほどではなかった。軍事的性格の強い消費地域として繁栄したので,商業交易の活況の跡がしのばれ,シリアや小アジアの商人流入が顕著である。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

パンノニア
ぱんのにあ
Pannonia
古代ローマ帝国の一属州。ドナウ川とサバ川に囲まれた現在のハンガリー西部とセルビア、クロアチア、スロベニア、オーストリアなどの一部をさす。呼称は、ローマ征服前の定住民であるイリリア人をローマ人がパンノン人とよんだことに由来する。オクタビアヌス(ローマ初代皇帝アウグストゥス)がその服属を企て、2代皇帝ティベリウス(在位14~37)の時代に実現した。アクインクムなどの城塞(じょうさい)は植民都市としてローマ文明を謳歌(おうか)した。東方諸部族の侵入、フランク人の支配などを経て、896年マジャール人(ハンガリー人)がこの地に入った。[家田 修]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社世界史事典 三訂版

パンノニア
Pannonia
東ヨーロッパ中部,現在のハンガリー盆地一帯の古称
初めはパンノニア人の住地で,のち古代ローマ帝国の属州(プロヴィンキア)とされた。4世紀以後,諸民族に侵入されたが,5世紀半ばにはフン族アッティラ本拠となった。10世紀初め以後はマジャール人が占拠した。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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