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パウリ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

パウリ
Pauli, Wolfgang
[生]1900.4.25. ウィーン
[没]1958.12.15. チューリヒ
スイスの理論物理学者。ミュンヘン大学に学び,A.ゾンマーフェルトに師事。卒業後コペンハーゲンで N.ボーアのもとで研究した。ハンブルク大学講師 (1923) ,チューリヒのスイス連邦工科大学教授 (28) 。 1935年アメリカに渡り,プリンストン大学高級研究所理論物理学教授 (40) 。 46年アメリカの市民権を得たが,48年チューリヒに戻った。 1924年,量子論に第4の量子数 (スピン量子数) を導入。翌年,陽子,中性子,電子などいわゆるフェルミオンが,4つとも量子数を共有できないというパウリの原理を発見,量子論の発展に大きな影響を与えた。 31年にはβ崩壊に伴うエネルギー消失現象をニュートリノを導入して説明し,エネルギー保存則の危機を救った (ニュートリノの存在は 56年に最終的に確認された) 。また場の量子論中間子論の発展にも貢献。彼の鋭い批判は他の物理学者たちに大いに恐れられた。 45年ノーベル物理学賞受賞。

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デジタル大辞泉

パウリ(Wolfgang Pauli)
[1900~1958]スイスの物理学者。オーストリア生まれ。1924年にパウリの原理を提唱し、原子構造の説明に寄与。ハイゼンベルクとともに場の量子論を展開するなど、量子力学の体系化に貢献した。1945年ノーベル物理学賞受賞。著「相対性理論」など。

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世界大百科事典 第2版

パウリ【Wolfgang Pauli】
1900‐58
オーストリア生まれの理論物理学者。ウィーン大学の化学の教授を父として生まれ,大学へ入る前に高等数学と相対性理論を独学で習得した。その後ミュンヘン大学のA.J.ゾンマーフェルトに師事し,最高度の数理物理的処法を学び,さらに学位取得後,コペンハーゲンのN.ボーアの下で物理学の根本問題に対する深い哲学的手法を学んだ。1928年,チューリヒの連邦工科大学教授となり,第2次世界大戦中アメリカで過ごした以外,終生そこにとどまった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

パウリ【Wolfgang Pauli】
1900~1958 スイスの物理学者。スピンの概念を導入し、1925年パウリの原理を発見。また、ハイゼンベルクとともに場の量子論の体系化につとめた。31年にはニュートリノの存在を予言した。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

パウリ
ぱうり
Wolfgang Pauli
(1900―1958)
スイスの理論物理学者。ウィーンに生まれ、ハンブルク大学教授ののち、1928年から死ぬまでチューリヒ工科大学の教授であった。その間、しばしばアメリカに行き、プリンストン高等研究所の客員教授などであった。20歳で相対性理論の教科書を著し、これは、その後書かれた量子力学の本とともに、現在でも優れた教科書として読まれている。
 量子力学が建設されたころ、パウリの原理(排他律)を導入して、電子が単なる質点でなく、自転のような性質(スピン)をもつことを明らかにして、スペクトル線の超微細構造の理論をつくり、原子・分子・固体物理学の基礎を築いた。場の量子論の建設においても重要な多くの研究をし、1928年にハイゼンベルクとともに、現在の場の量子論の形式を確立した。これは、空間の各点に場の自由度を与え、ラグランジュ形式から出発して、量子力学の方法を適用したものである。場の量子論は素粒子論および物性理論で適用される、現在ではもっとも高度の理論であって、素粒子の発生・消滅などをみごとに記述するものであるが、その成功も、またこの理論に特有の困難も、すべてハイゼンベルクとパウリの初めの定式にすでに現れている。
 また、1920年代の終わりごろ、原子核のβ(ベータ)崩壊ではエネルギー保存則が成立しないといわれ大きな問題となったが、パウリは1931年に、スピン2分の1、質量ゼロ、荷電ゼロの粒子(ニュートリノ)が存在するとすれば困難は解決されることを提唱した。これがβ崩壊の理論、ひいては現在のような素粒子論の発展する道を開いた。ニュートリノの存在の直接的な実験的証明はずっとのちになって与えられた。
 自然法則、物理学の理論における対称と不変性の重要さを強調し、とくに相対性理論の要求を満たす場の量子論の一般的性質を明らかにした。すなわち、ローレンツ変換に対する不変性から、空間軸の反転、時間軸の反転および粒子‐反粒子変換の三つを同時に行ったとき、場の量子論が不変であることの証明に寄与し、また、スピンが半整数の粒子はフェルミ‐ディラックの統計に、整数の粒子はボース‐アインシュタインの統計に従うことを証明した。これらの定理は、弱い相互作用におけるパリティの非保存および時間反転について非対称な現象がみつかった際、その理論化に重要な役割を果たした。1945年にパウリの原理の発見によりノーベル物理学賞を受けた。[町田 茂]

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精選版 日本国語大辞典

パウリ
(Wolfgang Pauli ウォルフガング━) ウィーン生まれのスイスの物理学者。原子内の電子配列を決める。「パウリの原理(排他律)」を発見。相対性理論および量子論に貢献するところが大きい。一九四五年、ノーベル物理学賞受賞。主著「相対性原理」。(一九〇〇‐五八

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