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バルザック

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

バルザック
Balzac, Edmé Pierre
18世紀に活躍したフランスの金銀細工師。金銀細工におけるろくろの技法を発明し,また溶接を使わずに細工する方法を編出した。主要作品『銀製ふたつきスープ入れ (オルレアン公紋章入り) 』 (1757,ニューヨーク,メトロポリタン美術館) 。

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バルザック
Balzac, Honoré de
[生]1799.5.20. ツール
[没]1850.8.18. パリ
フランスの小説家。 20歳のとき文学を志し,多くの作品を書き,またさまざまな事業に手を出したがすべて失敗。 30歳になって初めて成功を収め,以後次々とすぐれた長編小説を発表。これらは『人間喜劇』 La Comédie Humaineの総題のもとにまとめられている。作品には並みはずれた情熱に身を焼かれる強烈な個性の人物たちが現れ,当時の社会博物誌を描こうとした作者の意図にかかわりなく,歴史をこえた普遍的人間像を描き出すのに成功している。主著『ウジェニー・グランデ』 Eugénie Grandet (1833) ,『ゴリオ爺さん』 Le Père Goriot (35) ,『谷間の百合』 Le Lys dans la vallée (36) ,『従妹ベット』 La Cousine Bette (47) ,『従兄ポンス』 Le Cousin Pons (48) 。

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バルザック
Balzac, Jean Louis Guez de
[生]1595.6.1. アングレーム近郊バルザック
[没]1654.2.18. アングレーム近郊バルザック
フランスの文人。一時は政治家を志し,リシュリュー庇護を求めたりしたが,結局郷里に隠棲し,パリの知友との手紙のやりとりや,『君主論』 Le Prince (1631) ,『キリスト教徒ソクラテス』 Le Socrate chrétien (52) などの執筆に日々をおくった。若い頃イタリアに滞在したときから書きはじめたその『書簡』 Lettres (24初版) は古典的散文模範アカデミー・フランセーズの創立会員の一人。

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デジタル大辞泉

バルザック(Honoré de Balzac)
[1799~1850]フランスの小説家。近代リアリズム小説の代表者。フランス社会のあらゆる階層の人物が登場する約90編の小説にみずから「人間喜劇」の総題をつけた。作「ゴリオ爺さん」「谷間の百合」「従妹ベット」。→人間喜劇

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世界大百科事典 第2版

バルザック【Honoré de Balzac】
1799‐1850
フランスの小説家。トゥールに生まれる。父親は当時,陸軍トゥール師団糧秣部長。1807年より13年まで,バンドーム中学に学ぶ。16年パリ大学法学部に入学,同時に見習書記として法律事務所に勤務。19年文学志望を表明,職業の選択をめぐって両親と対立したが,結局,2年の猶予期間を得,パリのレスディギエール街の屋根裏部屋にこもって文学修業に専念した。20年韻文悲劇《クロムウェル》を完成,さらに22年より27年にかけて,《ビラーグの女相続人》その他多数の通俗小説偽名で発表した。

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バルザック【Jean Louis Guez de Balzac】
1597‐1654
フランスの作家。古典主義時代の明快で柔軟な散文を作りあげた作家として評価される。アングレームに生まれ,パリとポアティエで学んだ後,オランダライデンに留学。1621‐22年にはローマに滞在する。このころからパリの知人,とくにランブイエ侯爵夫人のサロンにあてて手紙を書き始める。24年に刊行された《書簡集》は異常ともいえる成功を収め,それをめぐって論争が巻き起こるほどであった。以後シャラントの所領にひきこもって文筆活動を行った。

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大辞林 第三版

バルザック【Honoré de Balzac】
1799~1850 フランスの小説家。一九世紀前半のフランス社会を活写し、リアリズム文学の頂点を示した。また、自分の作品群に、「人間喜劇」という題名をつけ、全集の形にまとめた。小説「ゴリオ爺さん」「谷間の百合」「幻滅」「従兄ポンス」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

バルザック
ばるざっく
Honor de Balzac
(1799―1850)
フランスの小説家。5月20日、ロアール川沿いの都市トゥールに師団糧秣(りょうまつ)部長の長男として生まれる。貴族を意味するdeは作家になってから僭称(せんしょう)したもの。南仏の農家出身の父は、社会問題や長寿法に関心をもち、100歳まで生きると信じていた愉快な啓蒙(けいもう)思想信奉者だったが、パリの商家出の母が30歳以上も年下だったために、夫婦仲が冷たく、バルザックは里子に出されたり、バンドームのオラトリオ会派寄宿学校に入れられたりして、母の愛を受けることが少なかった。
 8歳から14歳までのバンドーム時代は孤独に苦しみ、級友からも仲間外れにされて読書と夢想に没頭し、やがて濫読のため衰弱して両親に引き取られた。1814年家族とともにパリに移り、翌年パリ大学法学部に入学、かたわら法律事務所の書記を勤めた。しかし文学への志を捨て切れず、2年間の猶予を得て、レズディギエール街の屋根裏部屋で悲劇『クロムウェル』の執筆に精魂を傾けたが、失敗に終わった。20年、郊外に移った家族のもとに帰り、仮名で、ときには友人と合作の形もとり、八編の長編を書いたが、後年彼も否認したとおり、当時流行の荒唐無稽(むけい)な暗黒小説、感傷小説を模倣したまったく通俗的な駄作ばかりで、それで経済的な独立をかちとろうとした企図も挫折(ざせつ)した。25年には出版業に手を出し、これが赤字になると印刷業、活字鋳造業にまで間口を広げて、最後に破産宣告を受けた。その際の5万3000フランという莫大(ばくだい)な負債を返済するため、背水の陣を敷いて創作に戻ったおかげで、フランス最大の小説家が誕生したわけだが、浪費癖のため、この負債は一生彼に付きまとった。[平岡篤頼]

蓄積の時代

第一作『ふくろう党』(1829)は、W・スコットとアメリカの小説家J・F・クーパーの影響下に、大革命時代のブルターニュ農民の反乱を描いた歴史小説だが、かなりの好評を博し、ついで、それと対照的に皮肉でふざけた『結婚生理学』(1829)も話題となったことが、作家としての地位を確定した。社交界に出入りし、各種新聞雑誌に風俗スケッチ的戯文を寄稿しながらも、彼独特のリアリズムの出発点ともいうべき短編集『私生活情景』(1830)、哲学的寓意(ぐうい)小説『あら皮』(1831)、「哲学ノート」などを書いた少年時代以来の思索の体系化の試みともいうべき小説『ルイ・ランベール』(1832)、人道主義的なユートピア小説『田舎(いなか)医者』(1833)などといった多彩な作品群を矢つぎばやに発表した。この時期の多産な仕事ぶりは超人的といってよく、『トゥールの司祭』(1832)、『シャベール大佐』(1832)、『海辺の悲劇』(1835)など多くの短編のほかに、『ウージェニー・グランデ』(1833)、『絶対の探究』(1834)、『ゴリオ爺(じい)さん』(1835)などの力作長編で近代小説の祖型ともいうべきリアリズム文学を確立した。ロマンチックな暗黒小説に学んだ劇的な筋立てや背後に隠されたものへの偏愛、現実社会の卑俗な事象への旺盛(おうせい)な好奇心が、作者のたぐいまれな幻視的資質のなかでみごとに融合し、彼の奔流のような創作エネルギーを吸収して、現実世界にも匹敵する規模へとその虚構世界を成長肥大させていったのだった。[平岡篤頼]

総題『人間喜劇』の展開

そこでバルザックは、『ふくろう党』以後の全作品に『人間喜劇』Comdie humaineという総題を与え、社会事象を「結果」として描く「風俗研究」、その原因を追求する「哲学研究」、原理を究明する「分析研究」に三大別し、なかでもいちばん分量の多い「風俗研究」は、さらに「私生活情景」「地方生活情景」「パリ生活情景」など六つの「情景」に分類した。そして、これから書く作品をも含めた総体を19世紀フランスの風俗史たらしめようとする野心に取りつかれ、たびたびの変更を経て、『人間喜劇』序文(1842)でそのプランを説明している。すなわち、生物界に統一性を想定した生物学者ジョフロア・サンチレールに示唆され、バルザックは、人間社会にも階級、職業、性格、環境で区別される「種」が存在すると考え、戸籍簿と競争するようにそれらを描き尽くすのでなければ、社会の全体像を把握できないと主張した。
 しかし、とりわけ彼が考案した画期的な手段は、『ゴリオ爺さん』で初めて採用した「人物再出」の手法で、先行する作品の主人公を新しい作品の脇役(わきやく)的人物として、あるいはその逆の形で再登場させ、作品間に縦横の立体的関係の網目を織り上げようとするものだった。その結果、彼が書き残した91編の作品は、それぞれ独立した小説でありながら、かならず他の作品を想起させ、同じ2000人余の登場人物が住む一つの世界の内部に有機的に位置づけられるという印象を与える。『ゴリオ爺さん』以前の作品の登場人物も、そのため名前を取り替えられ、体系として多少の食い違い、矛盾を生じたが、『人間喜劇』の世界の生成発展とともに徐々に形成され整備されていった体系であるだけに、そこに再現された、王政復古(1814)から七月王政(1830~48)に至るフランス社会の総括的な展望に多元的な力動感を与えるのに貢献した。
 若いときからスウェーデンボリらの神秘哲学の影響を受けたバルザックは、また、主人公が男女両性を具有する秘義小説『セラフィータ』(1835)を書いたが、思想的にはむしろ、欲望すること、思考することが生命を破壊するというエネルギー説を基調とし、無際限な知的探究心(ルイ・ランベール)、発明欲(バルタザール・クラース)、父性愛(ゴリオ爺さん)などのために生命力を燃え尽きさせる情熱的人物の運命を好んで描く。サント・ブーブに対抗して書いた悲痛な恋愛小説『谷間の百合(ゆり)』(1836)のモルソフ夫人は貞潔な恋のために力尽きる。『従妹(いとこ)ベット』(1846)のユロ男爵は、果てしない好色のあげくに、貞淑な妻を絶命させる。作者バルザック自身、果てしない創作欲に精力を使い果たして死ぬから、この観察の最良の実例となるわけだが、彼はまた、金銭のうちに社会の動向を左右するエネルギーの象徴をみ、各種の銀行家、高利貸を登場させ、金銭欲から発したさまざまな陰謀、画策、攻防のドラマを活写した。貴族にあこがれ、立身を夢みて、政治的には王党派的見解を口にしたが、のちにエンゲルスらにたたえられる透徹した史観を盛り込みえたのも、連作長編『幻滅』(1837~43)と『浮かれ女盛衰記』(1838~47)で活躍する脱獄囚ボートランや『従兄(いとこ)ポンス』(1847)の主人公のように、批判者、犠牲者、あるいは貧しい庶民の視点から、激動する社会の実相を見据えたからだと思われる。[平岡篤頼]

激動・波瀾の生涯

22歳のとき、倍も年上の人妻ベルニー夫人Mme de Bernyと恋に陥り、10年間近くも彼女から精神的、物質的援助を受けたバルザックは、ほかにも女性遍歴があったが、1832年ポーランドの大貴族ハンスカ夫人Mme Eve Hanskaを知り、彼女と結婚することを生涯の念願とした。そして、たまの逢瀬(おうせ)のほかは文通に終始し、膨大な量の書簡を書き残した。しかし、重なる過労と休みない執筆のために健康を害し、1850年になってやっと彼女と結婚したものの、半年後の8月18日に死亡した。
 精力的な創作活動のかたわら、フランス国内ばかりでなくヨーロッパ各地を旅行して回り、青年時代の失敗にも懲(こ)りずに個人雑誌を発行してみたり、代議士やアカデミーに立候補するかと思うと、製紙や製材業に手を出したり、銀山採掘に色気をみせたりする不屈の事業家気どりであったが、成功したものは一つもない。だが、そうした破綻(はたん)の経験が彼の文学にもたらした栄養は計り知れないものがあろう。彼の文学がフロベールやボードレールやドストエフスキーやプルーストに与えた影響も計り知れない。[平岡篤頼]
『水野亮他訳『バルザック全集』全26巻(1973~76・東京創元社) ▽安士正夫著『バルザック研究――「人間喜劇」の成立』(1960・東京創元社) ▽寺田透著『バルザック――「人間喜劇」の平土間から』(1967・現代思潮社) ▽アラン著、岩瀬孝・加藤尚宏訳『バルザック論』(1968・冬樹社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

バルザック
(Honoré de Balzac オノレ=ド━) フランスの小説家。近代小説の創始者の一人。写実と強烈な想像力とを総合し、一九世紀、フランス社会の風俗と典型的人間像を描いた。「ゴリオ爺さん」「谷間の百合」「従妹ベット」など、著作の大部分は、小説による社会史という巨大な構想の下に書かれ、総題を「人間喜劇」と名づけている。(一七九九‐一八五〇

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旺文社世界史事典 三訂版

バルザック
Honoré de Balzac
1799〜1850
写実主義・自然主義を代表するフランスの小説家
一時,法律学を修め,のち文筆家を志したが,種々の事業に失敗して一生その負債に苦しんだ。30歳のとき,スコットの影響下に『みみずく党』を発表,以後20年間に長短90編あまりの作品を書き,一種の全集ともいえる『人間喜劇』にまとめた。作表作は『ゴリオ爺さん』『谷間の百合』『従妹ベット』など。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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