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ハルトマン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ハルトマン
Hartmann, Karl Robert Eduard von
[生]1842.2.23. ベルリン
[没]1906.6.5. グロースリヒターフェルデ
ドイツの哲学者無意識の哲学の提唱者として知られる。終生講壇に立たず,個人教師として過した。彼の哲学は,無意識の概念をシェリングから導入し,ヘーゲルの「理性」とショーペンハウアーの「盲目的意志」の総合の上に築かれている。また認識論的には,物自体の存在を認める「先験的実在論」を主張した。美学的には「具象的観念論」の立場に立った。主著『無意識の哲学』 Philosophie des Unbewussten (1869) ,『認識論の根本問題』 Das Grundproblem der Erkenntnistheorie (89) 。

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ハルトマン
Hartmann, Nicolai
[生]1882.2.20. リガ
[没]1950.10.9. ゲッティンゲン
ドイツの哲学者。 1920年マールブルク,25年ケルン,31年ベルリン,45年ゲッティンゲンの各大学教授。マールブルク学派から出発したが,フッサールの現象学の影響を受け,新カント派の形式主義から離れ,観念論実在論の統一を試みた。彼の立場はフッサールの構成的現象学やハイデガーの解釈学的存在論と比べれば客観的傾向が強く,対象中心の存在論であり,実在的世界の層構造が問題とされた。倫理学的にはシェーラーの実質的価値倫理学の立場に近い (→価値論 ) 。美学的には美的対象を「前景」としての感覚的形象と「後景」としての理念的内容の2層的構造として把握した。主著『認識の形而上学』 Grundzüge einer Metaphysik der Erkenntnis (1921) ,『倫理学』 Ethik (26) ,『存在論の基礎づけ』 Zur Grundlegung der Ontologie (35) ,『実在的世界の構造』 Der Aufbau der realen Welt (40) ,『美学』 Ästhetik (53) 。

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デジタル大辞泉

ハルトマン(Karl Robert Eduard von Hartmann)
[1842~1906]ドイツの哲学者。シェリングの影響のもとで、ショーペンハウアーの「意志」とヘーゲルの「理性」とを包括する「無意識者」をたて、これを万有の根源とした。著「無意識者の哲学」。

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ハルトマン(Nicolai Hartmann)
[1882~1950]ドイツの哲学者。初め新カント学派に属して認識論を研究したが、フッサール現象学の影響を受けて存在論を哲学の中心と考えるようになり、独自の批判的存在論を提唱した。著「認識の形而上学綱要」「存在論の基礎づけ」など。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

ハルトマン Hartmann, Carl Sadakichi
1867-1944 アメリカの作家,芸術家。
慶応3年10月13日長崎生まれ。慶応3年10月13日長崎生まれ。父はドイツ領事館員,母は日本人。ハンブルクでそだち,1882年渡米。ボヘミアン生活をおくりながら前衛芸術運動に従事し,グリニッチ-ビレッジで王者とよばれる。日本の美術や俳句などを紹介する著作も多数のこした。1944年11月24日死去。77歳。

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ピティナ・ピアノ曲事典(作曲者)

ハルトマン
ドイツの作曲家。ブルックナーやマーラー、レーガー、ストラヴィンスキー、バルトーク、ベルクと様々な作曲家から受けた影響をもとにした8曲の交響曲が代表作となっている。ミュンヘン音楽院で学び、ウィーンでは ...続き

出典:(社)全日本ピアノ指導者協会

世界大百科事典 第2版

ハルトマン【Carl Sadakichi Hartmann】
1867‐1944
アメリカの芸術家。日本人を母としドイツ人を父として長崎で生まれ,ドイツのハンブルクで育ち,1882年に渡米。晩年のホイットマンに親しみ,《ウォルト・ホイットマンとの対話》(1894)を出版。そのころからグリニチ・ビレッジの〈王者〉といわれるボヘミアン生活をしながら前衛芸術運動に従事,日本美術を紹介したり,短歌・俳句形式の英詩を書いたりもし,後にはハリウッドやサンフランシスコで映画・演劇活動をした。うさんくさい誇大妄想家の面もあったが,生涯に30冊以上の英文著作を残し,反逆的国際人として果たした文化的役割は小さくない。

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ハルトマン【Heinz Hartmann】
1894‐1970
精神分析的自我心理学を発展させたオーストリア出身の精神分析医。ウィーン生れ。《自我心理学と適応問題》(1937)を発表し,自我心理学の基礎を作った。精神分析を深層心理学から発展させて,自我の働きを防衛と適応の観点から理解し,適応を精神発達にそって解明しようと試みた。第2次大戦前にウィーンを離れてニューヨークに移り,ニューヨーク精神分析研究所長や国際精神分析学会会長などを務めた。【馬場 謙一】

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ハルトマン【Karl Robert Eduard von Hartmann】
1842‐1906
ドイツの哲学者。1861年プロイセンの砲兵学校に入学するが,宿痾となる膝の損傷により職業軍人となることを断念。哲学へと転じ,69年《無意識の哲学》を著して広く認められ,以後一貫して在野で活躍した。当時の生物学に支配的であった機械論に抗して生気論的立場から帰納的形而上学の構築を図った。ハルトマンは,初期シェリングの同一哲学と後期シェリングの積極哲学から理論的骨格を抽出し,能動的かつ盲目的な意志と受動的で合目的的な表象の統一を,世界の普遍的一元的根拠たる〈無意識〉(今日の精神分析学や心理学でいう無意識概念とはまったく異なる)に求める点で,また,世界観的にはペシミズムオプティミズムの結合を図る点で,ショーペンハウアーとヘーゲルを独自なかたちで総合したことになる。

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ハルトマン【Moritz Hartmann】
1821‐72
ボヘミア生れのドイツ系ユダヤ人で,詩人,政治家,ジャーナリストプラハで学んだのち,1844年オーストリアを出る。ドイツ各地を歩き,その後パリでハイネ,ミュッセらと親交を結ぶ。48年にはフランクフルト国民議会議員に選ばれ,極左派議員を代表。彼は同年10月のウィーン革命,バーデン蜂起に参加,革命敗北後ヨーロッパ各地を転々とし,68年からウィーンの新聞の学芸欄の編集に携わる。詩風は40年代の政治的抒情詩からのちに牧歌的詩にかわる。

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ハルトマン【Nicolai Hartmann】
1882‐1950
ドイツの哲学者。リガに生まれ,マールブルク学派(新カント学派)のH.コーエンに学んで,マールブルク,ケルン,ベルリン,ゲッティンゲンの各大学教授を歴任した。現象学の影響を受け入れてしだいに新カント学派の論理主義的観念論の立場を脱し,独自な存在論的形而上学の体系を建設した。それは,哲学の方法として現象学,問題学,理論の三つの層位を分別し,これに対応して存在の層位に実在的存在(物質,生命,意識,精神),認識的存在(知覚,直観,認識,知識),論理的存在(概念,判断,推理)を区別し,これらをそれぞれのカテゴリーとその連関によって説明するものである。

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ハルトマン【Hartmann von Aue】
1165ころ‐1215ころ
中世ドイツの詩人。シュワーベンの騎士の出身(従士)。諸作品のうち《哀歌》と《エーレクErek》は1180年ころに着手され,90年ころに完成,《グレゴリウス》と《哀れなハインリヒ》はこの順で90‐97年の間に書かれたと推定されている。この時期に彼は世俗と愛(ミンネ)に決別する抒情詩,そして十字軍参加(1189‐91)の所産の十字軍遠征の歌を書いた。《イーワインIwein》は1199‐1205年に書かれたが,8000余行の最初の1000行は《グレゴリウス》執筆の前か後に書かれたと推定されている。

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大辞林 第三版

ハルトマン【Hartmann】
〔Eduard von H.〕 (1842~1906) ドイツの哲学者。ショーペンハウアーの生の意志とヘーゲルの理性を結びつけた「無意識者」を万有の根源とする立場を主張。他方では諸科学の知を援用し、新生気論を擁護した。著「無意識の哲学」
〔Nicolai H.〕 (1882~1950) ドイツの哲学者。初め新カント学派に属したが、主観を超えた対象に主観が関係するところに認識が生じるという独自の批判的存在論の立場に到達、実在的世界の階層構造を分析した。著「認識形而上学綱要」「存在論の基礎付け」など。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ハルトマン
[一] (Karl Robert Eduard von Hartmann カール=ロベルト=エドゥアルト=フォン━) ドイツの哲学者。ヘーゲルとショーペンハウエルの哲学を総合、シェリングの無意識の概念などをとり入れ、思弁的哲学体系「無意識の哲学」を樹立した。(一八四二‐一九〇六
[二] (Nicolai Hartmann ニコライ━) ドイツの哲学者。初めマールブルク学派の新カント派に属したが、のち存在論の立場をとる。認識の問題、精神、歴史の問題の存在論的解明を行なった。主著「認識形而上学綱要」。(一八八二‐一九五〇

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