Rakuten infoseek

辞書

ハミルトン

大辞林 第三版

ハミルトン【Hamilton】
〔William Donald H.〕 (1936~2000) イギリスの進化生物学者。働きアリなど不妊虫の自然淘汰と進化を説明する包括適応度を唱え、行動生態学・社会生物学への道を開いた。
〔William Rowan H.〕 (1805~1865) アイルランドの数学者・物理学者・天文学者。光学を数学的に扱う道を模索し、幾何光学の基礎理論を展開。また、光の伝播と質点の運動を一括して扱うなかで、いわゆるハミルトンの原理を与え解析力学の基礎を確立した。四元数の創始でも知られ、線型代数学やベクトル解析学の形成に貢献。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ハミルトン(William Rowan Hamilton)
[1805~1865]アイルランド数学者・理論物理学者。ダブリン大トリニティーカレッジ在学中に天文学教授となる。光の波動論を支持し、光学系に特性関数を導入して幾何光学基礎を作り、さらに力学の全分野に拡張して解析力学の基礎を確立。著「光線系の理論」。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン(Hamilton)
ニュージーランド北島北部の都市。ワイカト平野を流れるワイカト川沿いに位置し、同国有数の酪農・農業地帯の中心地。1860年代にマオリとの入植者の間で争いが繰り返された。ワイカト大学、ワイカト博物館、ロトロア湖などがある。

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉プラス

ハミルトン
2015年初演のミュージカル。原題《Hamilton》。作詞・作曲・脚本:リン・マニュエル・ミランダ。アメリカ建国の父の一人と称されるアレクサンダー・ハミルトンの生涯をヒップホップ音楽に乗せて描く。2016年に第70回トニー賞(ミュージカル作品賞)、ピュリッツァー賞戯曲部門を受賞。

出典:小学館
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ハミルトン【Hamilton】
カナダ,オンタリオ州の工業都市。人口31万8499(1991),大都市域人口62万5632(1992)。州南部,オンタリオ湖西端の湖岸都市で,交通の便がよい。1778年に最初の集落がつくられたが,1813年,ジョージ・ハミルトンの農場ができてから発展した。1830年には港,50年代には鉄道が開通した。93年には製鉄所ができ,現在,カナダ第1の製鉄都市となっている。果物,花などの農産物集散地でもある。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ハミルトン【Hamilton】
ニュージーランド北島北部の都市。オークランドの南南東約110km(道路距離),ワイカト川中流に臨む。人口10万7000(1995)。酪農を中心とした北島の代表的な農牧地帯の中心都市,北島第3の工業都市で,食品工業はじめ各種工業が発達し,空港(国内線),ワイカト大学がある。1864年に築かれた軍事拠点を起源とし,名称はマオリとの戦いで戦死した軍人名に由来する。1945年市制をしいた。【谷内 達】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ハミルトン【Edmond Hamilton】
1904‐77
アメリカの大衆的なSF作家。夫人のブラケットLeigh BrackettもSF作家として知られている。《スター・キング》(1951),《時果つるところ》(1951)など宇宙文明を扱った作品が優れているが,一般には人気の冒険活劇シリーズ《キャプテン・フューチャー》(1940‐51)の作者として名高い。【山野 浩一】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ハミルトン【William Rowan Hamilton】
1805‐65
アイルランドの数学者,物理学者。ダブリンに生まれ,数学,光学,力学を一体のものとして研究し,新生面を開いた。幼時から数学に優れた才能を発揮し,15歳前後にI.ニュートンの《プリンキピア》を読んで天文学に興味をもち,1822年P.S.ラプラスの《天体力学》を読み,誤りを発見した。27年ダブリン郊外のダンシンク天文台の所員,またトリニティ・カレッジの天文学教授となった。天体観測は得意ではなかったが,数学的,理論的な思索に多くの時間を費やした。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ハミルトン【Alexander Hamilton】
1755?‐1804
アメリカの政治家。西インド諸島ネビス島に生まれ,1773年アメリカに渡り,キングズ・カレッジ(現在のコロンビア大学)に学んだ。独立革命中はワシントンの副官として活躍,戦後はニューヨークで弁護士を務めた。強力な中央政府確立の必要を主張し,合衆国憲法の制定運動に尽力,その批准の際にはJ.マディソン,J.ジェーの協力を得て,アメリカ政治思想史上著名な《フェデラリスト》(1787‐88)を著して憲法を擁護した。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ハミルトン
Hamilton, Alexander
[生]1755? イギリス領西インド,ニービス島
[没]1804.7.12. ニューヨーク
アメリカの政治家。 1772年ニューヨークに移り,翌年キングズ・カレッジ (現コロンビア大学) に入学。 74年『大陸会議の政策を全面的に擁護する』というパンフレットを書き,独立革命運動に参加。独立戦争が起ると砲兵隊大尉として活躍し,77年認められて G.ワシントン総司令官の副官をつとめた。その後オールバニで法律を学び弁護士を開業。 82年大陸会議にニューヨーク州代表として出席,三権分立による中央集権国家の必要を力説。合衆国憲法制定会議開催に重要な役割を果し,多くの憲法反対論者に対して,『ザ・フェデラリスト』 The Federalistを執筆し憲法擁護の論陣を張って世論に多大の影響を与えた。 89年発足したワシントン政権の財務長官に任命され,公債の発行,合衆国銀行の設立,関税の設定,工業振興など新国家の経済的基礎を固めるため諸政策を次々に実施した。 94年国内消費税をめぐるウイスキー反乱が起ったとき,みずから陣頭に立って連邦軍を指揮して鎮圧。 95年財務長官を辞職したが,連邦派の指導者として政治的影響力は衰えなかった。しかし,連邦派の第2代大統領 J.アダムズとの対立を深め,その後 1800年の大統領選挙で共和派の T.ジェファーソンと A.バーが同数の選挙団投票を得て下院に決選が持込まれたとき,彼は連邦派の意向に反してかつての政敵ジェファーソンを推したため,党内の支持を失った。 04年宿縁の政敵バーとの決闘で受けた傷がもとで死去した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Andrew
[生]1676
[没]1741.8.4. フィラデルフィア
スコットランド生れのアメリカの法律家。幼時にアメリカに移住し,1717年ペンシルバニアで弁護士となった。 35年,ゼンガー事件として有名な名誉毀損事件で,印刷業者,J.ゼンガーの弁護に成功し,植民地アメリカにおける出版の自由確立の基礎を築いた。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Anthony
[生]1645頃
[没]1719.4.21. サンジェルマン
アイルランドの作家。フランス語で執筆。少年期の 10年と 45歳頃から死ぬまでの時期をフランスで過した。主著『グラモン伯回想録』 Mémoires du comte de Gramontは義兄の老伯爵が叙述した形をとっており,1713年出版されるや大成功を収めた。記録としては不正確であるが,ユーモアあふれる文体で当時のイギリス宮廷を如実に描いている。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Earl Jefferson
[生]1899.5.17. ミシシッピ,ハウルカ
[没]?
アメリカの経済学者,経済史家。スペイン近代初期の経済史を専攻。 1927~29年デューク大学経済学講師,29~44年同大学教授。その後ノースウェスタン大学,シカゴ大学,ニューヨーク州立大学の各教授を歴任。主著に『スペインにおける戦争と物価 1651~1800年』 War and Prices in Spain 1651-1800 (1947) がある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Emma, Lady
[生]1765.5.12. チェシャー,グレートネストン
[没]1815.1.15. カレー
イギリスの外交官ウィリアム・ハミルトンの夫人。チェシャーの鍛冶屋の娘として生れたが,早く父を失い,1780年頃から将来の夫となるハミルトンの甥 C.グレビルの保護と教育を受け,美貌と才気で社交界の花形となった。やがてグレビルの借金返済の代償としてハミルトンの愛人となり,のち夫人となった (1791) 。夫の任地ナポリの社交界で,情報収集の役割を演じ,98年イギリス艦隊のナイルの戦いでの勝利に貢献。これを契機に H.ネルソンの愛を得,1801年彼の娘ホレーシャを生んだ。夫ハミルトンの死 (1803) とネルソンの戦死 (05) により,莫大な遺産を得たが,ギャンブルと浪費にふけり,窮乏のなかでフランスに逃れ,カレーで世を去った。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Lord George Francis
[生]1845.12.7.
[没]1927.9.22. ロンドン
イギリスの政治家。 1868年保守党から下院に入る。経済学者としても著名で救貧法,失業に関する調査委員会の委員長として活躍。 78~80年教育行政を担当。 85~92年海相。海相時代の業績が最もよく知られている。海軍兵器管理権の陸軍省から海軍省への移管,海軍省情報部の創設,その他ドイツとの建艦競争期の立役者として,また第1次世界大戦初期の海相フィッシャー卿の補佐役として貢献した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Sir Ian Standish Monteith
[生]1853.1.16. イオニア諸島,ケルキラ
[没]1947.10.12. ロンドン
イギリスの軍人。 1872年に陸軍に入り,第2次アフガン戦争,南アフリカ戦争,ナイル川探検などで活躍。日露戦争では日本軍への軍事使節団長を務めた。 1915年に地中海方面の司令官となり,第1次世界大戦中,ガリポリの戦いを指揮したが,戦果が上がらず,なおも作戦の継続を主張したため更迭された。著書『ガリポリ日記』 Galipoli Diary (2巻,1920) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, James
[生]1769. ロンドン
[没]1829.9.16. ダブリン
イギリスの語学教育者で,ハミルトン方式 (外国語教育法) の創始者。わずか4年の教育を受けただけで,フランスとハンブルクで数年間行商を営み,その間ハンブルクでフランス人亡命者ド・アンジェリ将軍にドイツ語を習った。 1815年農業とカリ工場の経営を計画してニューヨークに向ったが,航海中に翻意してド・アンジェリの方法による外国語教授を行うことにした。 16年フィラデルフィアでハミルトン方式の最初の授業を実施,以後アメリカやカナダの諸都市で教え,大成功を収めた。 23年イギリスに帰り,諸都市で成人を対象に外国語を教授した。彼は自分で教科書を著作したが,それは文法を用いるかわりに原文の各行に逐語訳を付したもので,この行間逐語訳式翻訳のおもなものに『ヨハネ福音書』『イソップ物語』などがある。著書『ハミルトン方式の歴史と原理と実際と成果』 The History,Principles,Practice and Results of the Hamiltonian System (1829) がある。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Patrick
[生]1504頃
[没]1528.2.29.
スコットランド宗教改革の最初の説教者,殉教者。パリ大学に学び,ルター,エラスムスらの影響を受けた。帰国後,セントアンドルーズ大学で研究を続けたが,改革を説いたため異端の判決を受け,火刑に処せられた。 P.メランヒトンにならって,彼自身の神学論叢『ロキ・コンムネス』 Loci Communes (1526) を書く。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Richard William
[生]1922.2.24. ロンドン
[没]2011.9.13. オックスフォード近郊
イギリスの芸術家。「ポップ・アートの父」と呼ばれた。ロイヤル・アカデミー,スレード美術学校などで学んだのち,デザイナーとして活躍した。1950~60年代の文化をパロディー化した作品が多い。ポップ・アートの先駆者として認められたのも,中産階級の家庭生活を風刺したコラージュによるところが大きい。代表作となったこのコラージュは『いったい何が今日の家庭をこれほど独特なもの,これほど魅力あるものにしているのか』Just What Is It That Makes Today's Homes So Different, So Appealing?と題し,インデペンデント・グループとして知られる画家たちが 1956年にロンドンのホワイトチャペル・ギャラリーで開いた『ジス・イズ・トゥモロー』展で発表された。後年,コマーシャル・アートをはじめ,写真に絵の具を塗る技法やスクリーン印刷,オブジェ・アートなども手がけた。なかでもビートルズの通称『ホワイトアルバム』(1968)のジャケットデザインで知られる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, William
[生]1665頃.レディランド
[没]1751.5.24. ラトリック
スコットランドの詩人。スコットランド高地特有のゲール語による詩の先駆者。 A.ラムゼーとの韻文による往復書簡やゲール語の伝承物語に拠る近代詩で知られる。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Sir William
[生]1730.12.13. スコットランド
[没]1803.4.6. ロンドン
イギリスの外交官,考古学者。エマ・ハミルトンの夫。陸軍軍人であったが,富裕な最初の妻との結婚後陸軍を退き,外交官となった。 1764~1800年ナポリ公使。その間にベズビオエトナの火山活動を研究,数編の論文を公にした。また有名な古物収集家でもあり,彼の集めた数多くの財宝は大英博物館に納められている。妻の死 (1782) で多くの遺産を相続し,1791年,のちに H.ネルソンの愛人となるエマと再婚し,ナポリ社交界をにぎわした。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Sir William, Baronet
[生]1788.3.8. グラスゴー
[没]1856.5.6. エディンバラ
イギリスの哲学者。 1821年エディンバラ大学教授。スコットランド学派 (→常識哲学 ) の代表者で,認識論的には,カントの影響を受け,絶対者は認識の対象ではなく,信仰の対象であるとして,認識の相対性を主張した。また心理学的には能力心理学の立場に立った。主著『形而上学,論理学講義』 Lectures on Metaphysics and Logic (4巻,1859~60) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, William Gerard
[生]1729.1.28. ロンドン
[没]1796.7.16. ロンドン
イギリスの政治家。オックスフォード大学を出て 1754年下院に入り,貿易,植民,アイルランド関係の役職を歴任した。下院での処女演説 (1755.11.13.) が 15時間に及ぶ熱弁で,H.ウォルポールや S.ジョンソンらもその才気を評価してやまなかったので,「一発演説のハミルトン」 Single Speech Hamiltonとあだ名されたことで有名。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton, Sir William Rowan
[生]1805.8.4. ダブリン
[没]1865.9.2. ダブリン
アイルランドの数学者,物理学者。幼少から異常な才能を発揮し,1820年頃数学に興味をもちはじめ,A.C.クレロー,ニュートン,P.ラプラスなどの著作を読破,22年幾何光学に関する論文を書いてアイルランド王立アカデミー会長から称賛された。 23年にダブリンのトリニティ・カレッジに入学し,在学中に天文学の教授に任命された。おもな業績は,独自の特性関数を導入して幾何光学を新しい数学体系に仕上げ円錐回折を予見したこと,現在ハミルトンの原理として知られている原理を使って正準方程式を導き解析力学の基礎を確立したこと,さらに乗法の交換法則の成立しない四元数を発見したことなどがある。彼の業績の重要性は量子力学の誕生後初めて十分に認識された。 35年ナイトの称号を授けられ,37年アイルランド王立アカデミー会長。主著『光線系の理論』 (1827) ,『力学の一般的方法』 (35) ,『四元法の原理』 (66) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton
アメリカ合衆国,オハイオ州南西部の都市。シンシナティの北 37km,グレートマイアミ川沿岸に位置する。 1791年インディアンとの戦いにそなえてハミルトン砦が建設され,94年これに接してフェアフィールと呼ばれる町が創設されたのに始る。砦は 96年に放棄され,この頃地名は A.ハミルトンにちなんで改称された。 1854年対岸のロスビルを合併した。製紙,ボルト,自動車車体,機械ディーゼルエンジンなどの工業が行われる。マイアミ大学の分校がある。人口6万 1368 (1990) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton
イギリススコットランド中南部,サウスラナークシャーの行政府所在地。グラスゴーの南東,クライド川の左岸にあり,エーボン川の合流点に近い。炭鉱地帯にあったことから町は採炭によって発展,19世紀には鋳鉄,機械などの関連工業が進出した。しかし 1947年までに炭鉱はすべて閉山し,今日では果樹栽培,園芸,酪農の盛んな農業地帯を背後に控えて,おもにその商業中心地として,またグラスゴーの郊外住宅地として機能している。軽機械,繊維,食品などの工業も行なわれる。人口 4万8220(2004推計)。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton
オーストラリア,ビクトリア州南西部の町。メルボルンの西 286kmにあり,19世紀なかばにポートランド金鉱との中継地点として発達した。同州西部の農牧地域の中心都市の一つ。人口 9756 (1991推計) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton
カナダ,オンタリオ州南東部の都市。オンタリオ湖の西端,トロントの南西 58kmに位置する。 1669年フランスの探検家ラサールがハミルトン湾岸に初めて上陸。 1778年ロイヤリスト (王党派) が町を建設,1846年市となった。 30年ハミルトン湾とオンタリオ湖を結ぶバーリントン運河が開通し,50年鉄道網の中心となって以降工業都市として発展。特に 93年に操業を開始した鉄鋼業は,カナダ鉄鋼生産の大きな部分を占める。ほかに鉄道,電機,衣料,化学などの工業も立地。重工業は湖岸部に集中し,港はオンタリオ湖と約 6kmの長さをもつ砂礫州で分けられる。また北アメリカ屈指の果樹生産の中心地で週3回開かれる果実,野菜,花卉の市場は有名。原子核研究で名高いマックマスター大学 (1887) やロイヤル植物園がある。人口 51万9949(2011)。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton
ニュージーランド,ノース島ワイカト地方の中心都市。オークランドの南南東約 110km,タウポ湖から流出するワイカト川中流右岸に位置する。付近はニュージーランド最大の平野で,乳製品や木材の集散・加工地。ワイカト大学がある。人口9万 8500 (1990推計) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
Hamilton
大西洋北西部,バミューダ諸島の主島 (大バミューダ島) の北岸にある港湾都市。イギリス領バミューダの首都。 1790年に建設され,1815年セントジョージズ島のセントジョージに代ってバミューダの首都となった。 1956年以来自由港となっている。市の中心部に新ゴシック様式の大聖堂がある。おもな収入源は観光業。人口 969(2000)。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ハミルトン
(Hamilton)
[一] カナダ南東部、オンタリオ湖の西岸にある工業都市。ナイアガラ滝・デキュー滝などによる水力発電をもとに、製鉄・機械・繊維などの工業が発達。
[二] アメリカ合衆国中東部、オハイオ州南西端の都市。製紙・機械・化学工業が発達。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン
(William Rowan Hamilton ウィリアム=ロウワン━) イギリスの数学者、物理学者、天文学者。幾何光学および四元数論に関する業績がある。ダンシンク天文台長としても活躍。主著「四元数講義」。(一八〇五‐六五

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ハミルトン」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ハミルトンの関連情報

関連キーワード

エグルストン(William Eggleston)おもなお雇い外国人メーヨー家アメリカ音楽ワシントン・ナショナル・ギャラリー西部開拓史/活躍した「英雄」たちキャメロンドイジーベータトロン行動生態学

他サービスで検索

「ハミルトン」のスポンサー検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.