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ノイマン【のいまん】

日本大百科全書(ニッポニカ)

ノイマン(Johann Ludwig von Neumann)
のいまん
Johann Ludwig von Neumann
(1903―1957)
ハンガリー出身のアメリカの数学者。量子力学の数学的基礎づけ、作用素論およびエルゴード理論に重要な業績を残し、ゲームの理論、計算機理論を創始した。12月28日ブダペストの富裕な家庭に生まれる。父は銀行家で、1913年にハンガリーの爵位を受けた。1911~1921年ブダペストのルーテル教会系のギムナジウムに学び、彼の個人教師であったハンガリーの数学者フェケテMichael Fekete(1886―1957)と共著の論文を1922年に発表した。1921年ブダペスト大学に入学したが、1921~1923年をベルリン大学で過ごし、ついでチューリヒ工科大学に移り、1925年化学工学の学位、翌1926年ブダペストで数学の学位を得た。この時期ゲッティンゲン大学に通い、大数学者ヒルベルトのもとで研究。1927年ベルリン大学、1929年ハンブルク大学の講師となり、1930年プリンストン大学に招かれてアメリカに渡り、1933年にプリンストン高等研究所の教授となり、終生この地位にいた。
 1920年代から1930年代にかけて、数学基礎論、集合論などで重要な成果をあげ、同時に量子力学の数学的基礎づけに取り組み、ヒルベルト空間論に入って作用素論を展開、その成果のうえに有名な書『量子力学の数学的基礎』Mathematische Grundlagen der Quantenmechanik(1932)を著した。作用素環の理論と関連して連続幾何学をつくりあげ、またエルゴード理論や位相群論を研究したのもこの時期である。1928年の「戦略ゲームの理論」は、のちにモルゲンシュテルンとの共著『ゲーム理論と経済行動』The Theory of Games and Economic Behavior(1944)に応用され、数理経済学その他に影響を与えた。また流体力学に強い関心をもち、乱流と衝撃波を研究した。流体力学の現象は非線形偏微分方程式によって表現されるが、その研究は数学的に大きな困難を伴う。第二次世界大戦中、軍事技術上重要な衝撃波や複雑な流体力学の問題にかかわり、その膨大な計算は彼の目を高速度計算機に向かわせた。当時彼はアバディーンの弾道研究所、海軍兵器局、およびロス・アラモス研究所の顧問であり、原子爆弾の開発(マンハッタン計画)に重要な役割を演じた。戦時中にここで世界最初の電子計算機の開発に加わり、そして戦後プリンストン高等研究所における電子計算機計画を指導、プログラム内蔵方式による計算機の論理設計を行い、今日の電子計算機の原型となったいわゆる「ノイマン型」計算機を試作した(1952)。計算機理論、オートマトン理論の研究に力を注いだが、研究なかばにして病に倒れ、1957年2月28日その生涯を閉じた。ノイマンの業績は彼の全集『Collected Works of John von Neumann』全6巻(1961~1963)に収録されている。[常盤野和男]
『井上健他訳『量子力学の数学的基礎』(1957・みすず書房) ▽H・H・ゴールドスタイン著、末包良太・米口肇・犬伏茂之訳『計算機の歴史――パスカルからノイマンまで』(1979・共立出版)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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