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ニューディール

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ニューディール
New Deal
新規まき直し政策で,1933~39年にアメリカの F.ルーズベルト大統領が大恐慌経済危機を克服するために実施した政策の総称。およそ2つの時期に分けられる。第1期 (1933~34) では大がかりな失業救済活動や公共事業が着手され,また農業調整法全国産業復興法により景気の回復がはかられるなど,救済と復興に政策の中心がおかれた。しかし生活不安におびえる大衆の不満が増し労働争議も激化するなかで,第2期 (35~39) においては社会保障制度が樹立され,ワグナー法といわれる全国労働関係法が制定され,税制改革や銀行制度の改革が行われるなど,より急進的な社会改革に力点が移り,ニューディールの「左旋回」と呼ばれた。 37年夏に急激な景気後退が起ると,赤字支出による景気刺激策が重視され,軍需部門を中心に大規模な財政支出政策が行われ,アメリカ経済は戦時経済体制に移行していった。この過程で政府の経済的機能は大幅に拡大し,種々の社会改革を通して資本主義経済のあり方にも重要な変化がみられた。

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デジタル大辞泉

ニュー‐ディール(New Deal)
《新規まき直しの意》1933年以降、米国大統領F=ルーズベルト大恐慌による不況の克服を目的として実施した一連の社会経済政策。農業調整法・全国産業復興法社会保障法などの制定・施行、テネシー渓谷開発事業など。

出典:小学館
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日本の企業がわかる事典2014-2015

ニューディール
正式社名「ニューディール株式会社」。英文社名「New Deal, Inc.」。サービス業。平成10年(1998)「株式会社リキッドオーディオ・ジャパン」設立。同13年(2001)「株式会社サイバー・ミュージックエンタテインメント」に改称。同15年(2003)現在の社名に変更。本社は東京都新宿区新宿。ホット・ヨガスタジオ運営会社。創業事業の音楽配信から業容転換服飾品飲料水の販売も展開。東京マザーズ旧上場。平成21年(2009)上場廃止

出典:講談社
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世界大百科事典 第2版

ニューディール【New Deal】
アメリカ合衆国において,1930年代にF.D.ローズベルト政権により実施された恐慌対策の総称。1929年10月のニューヨーク株式取引所における株価大暴落に端を発する大恐慌は,32年までにGNPを1929年水準の56%に下落させ,1300万人もの失業者を生み出し,深刻な銀行危機を引き起こすなど,アメリカ経済を根底から動揺させた。こうした状況の下で33年3月に政権についたローズベルトは,国内再建を最優先課題として政策活動に取り組み,30年代末に戦時体制への移行が始まるまで,経済の大部分の部門にわたり積極的に恐慌対策を講じた。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

ニューディール【New Deal】
新規まき直しの意
アメリカ大統領 F =ルーズベルトが大恐慌克服のため採用した一連の革新的政策。テネシー渓谷開発法( TVA )・農業調整法( AAA )・全国産業復興法( NIRA )などを立法化、連邦政府の権限を拡大し積極的な救済政策をとった。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ニューディール
にゅーでぃーる
New Deal
大恐慌の経済危機の下で、1930年代にアメリカ合衆国のF・D・ルーズベルト政権により実施された政策の総称。ニューディールは「新規巻き直し」といった意味で、ルーズベルトが32年の大統領選挙運動の際に国民の支持を得るために使ったことばだが、当初明確な体系だった政策構想があったわけではなかった。しかしアメリカの資本主義経済を救済するために、経済のほぼすべての部門にわたって積極的に施策が講じられ、その過程で行政府への権力の集中、とくに連邦政府の経済的機能の拡大が著しい進展をみせ、それに伴ってアメリカの経済構造も、国家独占資本主義、修正資本主義、混合経済といった諸概念で把握されるような重要な変化をきたした。[新川健三郎]

経過

1933年より30年代末に至るその政策過程は、次の三つの時期に大きく区分することができる。
(1)第一期(1933~34) 失業者が1300万人以上に達し、銀行も閉鎖に追い込まれるといった危機的状況に陥っていた経済の救済、復興に政策の力点が置かれた。国内再建優先の立場にたって、外国との金取引の停止、金本位制の廃止、ロンドン世界経済会議での暫定的通貨安定協定に対する反対といった一連の措置が講じられた。一方、銀行休日宣言と復興金融公社の融資活動により銀行危機が克服され、失業者に対する救済活動、TVAの総合開発事業、大恐慌勃発(ぼっぱつ)の一因となった証券取引所や銀行の制度面の欠陥の是正、平衡価格の概念を導入しつつ生産削減計画に着手した農業調整法など、多部門にわたって精力的に政策が打ち出された。とくに重要で第一期の支柱となったのは全国産業復興法(NIRA(ニラ))で、資本側の要求に応じて各産業部門の「カルテル化」を認めて反トラスト法の適用から除外する一方、組織労働者側の要求を入れて団結権と団体交渉権の承認および最低労働条件の規定を設け、さらに広範な権限を有する全国復興局(NRA)を設立、企業活動を国家統制下に置いた。また、公共事業局が設けられ、「誘い水政策」の下に大規模な公共事業で景気の回復が図られた。
(2)第二期(1935~37) 以上の政策により景気は上向いたが、社会保障制度の欠如に対する大衆の不満の増大、労働条項による労働争議の増大、さらには保守的な最高裁判所による全国産業復興法の違憲判決といった事態に直面して、ルーズベルト政権はニューディールの「左傾化」といわれる改革をより重視した政策姿勢を示した。社会保障制度の樹立、「富裕税法」と宣伝された税制改革、福祉的要素を取り入れた雇用促進局の公共事業、農村の貧困問題に取り組む再入植局の設置など福祉政策が手がけられ、また画期的な労働保護立法であるワグナー法の制定をみた。さらにNRA的経済統制をやめて、通貨、金融、財政政策の操作により景気の変動に対処する「管理経済」の実現が図られ、他方公益事業持株会社法にみられるように、独占体に対する規制が強化された。これらにより、ルーズベルトの進歩派指導者としての地歩はいっそう強固になり、1936年の大統領選挙では急速に勢力を増大しつつある組織労働者を中心とした「ルーズベルト連合」の支持を得て再選された。
(3)第三期(1937~39) ルーズベルトの最高裁判所改組計画を契機に、保守派の結束、巻き返し傾向が強まり、改革政策の成果は農場保障局の設置や公正労働基準法の制定などにとどまった。しかも1937年夏に急激な景気後退にみまわれ、ルーズベルトは独占体を調査する委員会を設置する一方、悪化する国際情勢の下に国防力の増強を重視し、軍事支出を中心とした財政支出の大幅な増大により事態の打開を図った。こうした戦時体制への移行の過程で、ニューディール本来の課題である恐慌の克服も達成されるに至った。[新川健三郎]

成果と限界

ニューディールは、大恐慌の危機を社会改革あるいは「民主化」の促進によって乗り切ろうとした点に大きな意義があるといえる。それはとくに全体主義体制の強化と対外的侵略に向かったファシズム諸国と対比した場合、際だっており、当時ルーズベルトは国際的にも進歩的指導者とみなされ、ニューディールは各地の民主勢力から改革政策のモデルとして注目されていた。しかもこれらの政策の多くは、単に一時的な景気対策にとどまることなく、アメリカ社会に定着して、その後の改革の基盤をなすに至った。また、この間に労働組合の目覚ましい発展をはじめ、勤労大衆層の政治的発言力が増大したことにより、以後リベラル派が長期にわたって多数派勢力たる地歩を占めうる社会的基盤ができあがった。だが、他方で戦時体制への移行に至るまで景気の回復を十分に達成できなかったことは、大戦期以後も引き続き「経済の軍事化」の動きを根強いものにさせ、また当初国際協力に否定的態度をとったことも世界経済の「ブロック化」を促進した点で問題があった。さらに、人種差別制度廃止の課題に取り組まなかったため、このアメリカ社会の民主化にとってもっとも重大なことが懸案として残されることになった。これらの両面にニューディールの成果と限界の一端をみいだすことができよう。[新川健三郎]
『新川健三郎著『ニューディール』(1973・近藤出版社) ▽アメリカ経済研究会編『ニューディールの経済政策』(1965・慶応通信) ▽W・ルクテンバーグ著、陸井三郎訳『ローズヴェルト』(1968・紀伊國屋書店) ▽A・M・シュレジンガー著、中屋健一監訳『ローズヴェルトの時代』全三巻(1962~63・論争社/1966・ぺりかん社)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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精選版 日本国語大辞典

ニュー‐ディール
(New Deal 新規まき直しの意) 一九三三年以後、アメリカのフランクリン=ルーズベルト政権下で展開された一連の恐慌対策。大恐慌打開策およびそれに伴う諸改革の総称。第一期(一九三三)には農業調整法、全国産業復興法などが成立。第二期(一九三五‐三九)には政府の財政支出を中心とする経済の復興・安定策が推進された。

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

ニューディール
New Deal
1933〜40年,アメリカ大統領 F.ローズヴェルトが大恐慌からアメリカ経済を救うために実施した一連の政策で「新規まき直し」の意味
主要点は,(1)銀行・通貨の統制,(2)破産にひんした企業・個人の救済,(3)農業調整法(AAA)による農民の救済,(4)全国産業復興法(NIRA (ニラ) )による企業の統制と競争の公正化および労働者の地位の向上,(5)社会政策の実施,などであった。農業調整法とNIRAが違憲判決を受けると,分割立法を行って目的達成につとめた。ワグナー法による労働者の団体交渉権保障はその例。また有名なテネシー川流域開発公社(TVA)もその所産である。目的を達成しないうちに戦時経済に移行したため,成果がはっきりしないが,伝統の自由放任経済が放棄され,連邦政府の権限の強化や労働者の権利の拡大などが行われたことは,アメリカの政治方向に大きな変革をもたらした。なお,ニューディールの目標は,「救済(Relief)」「回復(Recovery)」「改良(Reform)」とされ,その頭文字をとって3R政策と呼ばれた。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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