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ナーガラクルターガマ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ナーガラクルターガマ
Nāgarakěrtāgama
インドネシアのジャワに 13世紀初頭から栄えたシンガサリ朝マジャパイト王国の事跡を記した貝葉文書 (→貝多羅〈ばいたら〉) 。インドやタイで発見された貝葉文書と同じく,やしの葉を短冊形に切り,文字を刻したもの。古代ジャワ語で書かれており,12~13世紀頃のジャワの王朝の年代記を記録してある。 1365年マジャパイトの宮廷詩人プラパンチャが書いたと伝えられる。

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世界大百科事典 第2版

ナーガラクルターガマ【Nagarakertagama】
インドネシア,ジャワ島のマジャパイト王国の宮廷詩人プラパンチャが1365年に作った長編の賛歌。当時のマジャパイトは国王ラージャサナガラ(通称ハヤム・ウルク)のもとで最盛期にあり,作者は仏教の最高聖職者の家庭に生まれて,幼時には王の遊び友だちであったと伝えられる。この長編叙事詩が世に知られるようになったのは,1894年にロンボク島で写本が発見されてからで,それはヤシの葉を短冊形に切った貝葉(貝多葉,貝多羅葉ともいう)に古代ジャワ語で刻まれたものである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ナーガラクルターガマ
なーがらくるたーがま
Ngarakrtgama
インドネシア、ジャワ島の頌徳(しょうとく)詩。ジャワのマジャパヒト王国のハヤム・ウルクHayam Wuruk(?―1389。在位1350~89)に捧(ささ)げるために、1365年に宮廷付きの僧侶(そうりょ)であり詩人でもあったプラパンチャPrapacaにより古ジャワ語で書かれたもの。もとの題名はデシャ・ワルナナDesha Warnana(『王国の記述』)であったが、のちバリ島の写本作成者がつけたこの題名(意味は「王国のよき秩序に関する教えの書」)により知られるようになった。現存するテキストとしては、19世紀にロンボク島で発見されたものが唯一のものであったが、最近新しい写本が発見されている。
 本書は全体として98編の詩からなっているが、一部の歴史的記述を除けば、1350年から64年までの期間の首都であるマジャパヒトの記述をはじめ、国王ハヤム・ウルクの各地への行幸、宰相ガジャ・マダGajah Madaの死、領土の記述、またマジャパヒトの宮廷における年中行事などが述べられている。したがって、本書はマジャパヒト王国の歴史に関する根本史料の一つではあるが、本来は国王の精神的地位を高めることを祈願して書かれた頌徳詩であるという性質上、その取扱いには細心の注意が必要であり、同時代の碑文や漢文史料との対比は欠かすことができない。[生田 滋]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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