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ドーリス人【ドーリスじん】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ドーリス人
ドーリスじん
Dōrieis; Dorians
前 1100年頃から前 1000年頃にかけて,最も遅れてギリシアに侵入してきたとされている古代ギリシア民族の一派。エリス,ラコニア,アルゴスコリントシキュオンエピダウロスメガラアイギナ,さらに海を越えてクレタ,メロス,テラ,小アジア沿岸などに定住した。ヘラクレス子孫の帰還として語られた伝承によれば,彼らはドーリスからデルフォイを経由してナウパクトスに達し,海を越えてペロポネソス半島に入ったとされている。ギリシア語の一方言 (ドーリス方言) を話すことから,初期に侵入してきたギリシア人と同系の一派で,ミケーネ文明の周辺にあった人々と考えられる。ドーリス系のポリスに共通してみられるヒュレイス,デュマネス,パンヒュロイの3部族制が,侵入時にすでにとられていた。アルカイック期には,建築,製陶,彫刻の技術,あるいは合唱抒情詩などの発展に寄与した。簡素で男性的な建築様式は,イオニア風の優雅なそれとともにギリシア建築を代表するものである。シキュオン,コリント,アイギナなどでは,政治的にも次第に被征服民と融合していったが,スパルタやクレタでは被征服民を農奴とし,軍事支配体制を堅持する独特の政治体制を固守した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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日本大百科全書(ニッポニカ)

ドーリス人
どーりすじん
Dorieis ギリシア語

古代ギリシア人の一種族。ミケーネ時代にギリシア本土の北辺エペイロスとマケドニア南西部に住み、ドーリス方言を話し、ヒレイス、ディマネス、パンフィロイの三部族からなる氏族制度により組織されていた。ミケーネ王国の崩壊に乗じて紀元前1125年ごろから南下を始め、中部ギリシアのドーリス地方を経て、前10世紀のなかばごろまでにペロポネソス半島の大部分を征服。アッティカへの侵入には失敗したが、前10~前9世紀にクレタ島以下エーゲ海南部の島々と小アジアのドーリス地方に植民した。先住民は、しばしば隷属民化された。ドーリス人のペロポネソス半島への侵入は、伝承ではヘラクレスの子孫の帰還物語と結び付けて記憶された。彼らは鉄製の武器をもたらしたが、その文化は未開で、ミケーネ文明にはるかに及ばなかった。なお、わが国では「ドーリア人」ともよばれるが、「ドーリア」というギリシア語はなく、「ドーリス人」を意味する英語のDoriansに由来するものと考えられる。

[清永昭次]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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