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トルテカ文化【トルテカぶんか】

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

トルテカ文化
トルテカぶんか
Toltec culture
10~12世紀にかけてメキシコ中央高原に栄えたトルテカ族の文化。トルテカ王国の首都トゥラにはケツァルコアトルに捧げられた神殿が建ち,その壁画にジャガーやへびなどの浮彫がみられる。また,この神殿の廃虚から高さ 4.6mもある巨石戦士像が発見されている。トゥラには球戯場もあった。またユカタンではマヤ文明を合併して,トルテカ=マヤという特殊な混合文化をつくり上げた。

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世界大百科事典 第2版

トルテカぶんか【トルテカ文化】
メソアメリカ古典期後期(600‐1000)の代表的な文化。メキシコ中央高原地方に,テオティワカン(テオティワカン文化)の没落に伴って形成され,メソアメリカ全域に普及した文化の総称。その特徴は,ケツァルコアトル信仰と,この神に関係するシンボル,たとえば羽毛を持つ蛇,金星,天下る神,蛇の口から出現する神,時のシンボル,四つの足などのモティーフが石彫や壁画などにみられること,平面I字形石輪付球技場,防御施設を備えた都市などである。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

トルテカ文化
とるてかぶんか
テオティワカン文化の滅亡後、10~12世紀にメキシコ中央高原とその隣接地方に覇を唱えたトルテカTolteca人の文化。彼らが一つの民族を構成していたかどうかについては絵文書その他の歴史伝承間に矛盾があり、研究者間でも異説がある。トルテカ文化の中心地はトゥーラ遺跡であるが、そのほかにもトゥーラの名を冠する遺跡(トゥーラ・ショチカルコ、トゥーラ・テオテナンゴなど)があり、テオティワカン滅亡後各地にいくつもの民族集団が中心地を築き、トルテカを自称したものらしい。いずれも10~11世紀が最盛期で、その後、北方からのチチメカ諸族の侵入により滅亡した。ケツァルコアトル信仰、三脚付き彩色土器(コヨトラテルコ式、マサパン式)、階段状ピラミッド形基壇、石柱、チャクモルとよぶ石彫、大規模な人身供儀(ひとみくぎ)、球戯場、銅細工などが特徴的要素で、冶金(やきん)術はトルテカ文化の時代にメキシコ高原に広まったと考えられている。[大貫良夫]

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