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ダム(構造物)【だむ】

日本大百科全書(ニッポニカ)

ダム(構造物)
だむ
dam

河川水の貯水や流送土砂の貯留のために、河川や渓流を横断して築造される構造物。河川水を貯水するためのダムを貯水ダム、流送土砂を貯留するためのダムを砂防ダムという。貯水ダムは上水道、工業、農業、水力発電などの用水の供給や洪水調節のために築造されるが、一つの目的のために築造されるダムを専用ダム、二つ以上の目的のために築造されるダムを多目的ダムという。砂防ダムは山地や渓流から流出する土砂を貯留し、下流への土砂流出を調節するために築造される。ダムは堤体の築造材料によりコンクリートダムとフィルダムに分類される。コンクリートダムは堤体の構造により重力ダム、中空重力ダム、アーチダム、バットレスダム、マルチプルアーチダムなどに分類される。フィルダムは土、砂、礫(れき)、石、岩などでつくられ、土でつくられるダムをアースダム、おもに岩(ロック)でつくられるダムをロックフィルダムという。ロックフィルダムは遮水の方法により表面遮水壁型と内部遮水壁(コア)型(中央遮水壁型、傾斜遮水壁型)に分けられる。洪水によるダムの決壊を防止するために、ダムには洪水を流下させるための洪水吐(こうずいば)きが設置される。洪水吐きには堤体流下式、水路式、トンネル式、スキージャンプ式、自由落下式などがある。

[鮏川 登]

ダムの歴史

ダムの歴史は古く、紀元前3000年ごろにヨルダンで石と土でつくられたダム、紀元前2800年ごろにエジプトでつくられた粗石重力ダム、紀元前2000年ごろにイラクでつくられたアースダムなどが最初のダムといわれている。ローマ時代にはイタリア、スペイン、フランスなどで粗石、切石、コンクリート、モルタルなどを使った重力ダム、アーチダム、バットレスダム、マルチプルアーチダムがつくられた。ローマ時代のダムの高さを上回るアーチダムがモンゴル帝国時代の14世紀にイランで、重力ダム、バットレスダム、アーチダム、マルチプルアーチダムが17、18世紀にスペインでつくられた。19世紀後半に重力ダムやアーチダムの設計理論が提案され、それまでは経験に基づいてつくられていたダムが理論に基づいてつくられるようになった。19世紀末には、ポルトランドセメント(1824年にイギリスで発明)を用いたコンクリートがダムの建設材料として使われるようになり、コンクリート重力ダム、コンクリートアーチダムがつくられるようになった。重力ダムは大量のコンクリートを使用するので、コンクリートの使用量を減らすために20世紀初頭に鉄筋コンクリートを使用した近代的なバットレスダムとマルチプルアーチダムがアメリカ合衆国で考案された。また、アーチダムの設計理論の進歩により厚さの薄いコンクリートアーチダムがつくられるようになった。フィルダムは20世紀になると設計理論と施工法の進歩によりしだいに大規模なダムがつくられるようになった。世界では灌漑(かんがい)用水、都市用水などの供給、水力発電、舟運の改善、洪水調節などのために高さ15メートル以上のダム(貯水ダム)が約4万つくられていると推定されている。1936年にアメリカ合衆国で高さ221メートルのフーバーダム(重力式アーチダム、多目的)が建設されて以降、他の国でも発電専用や多目的のダムとして重力ダム、アーチダム、マルチプルアーチダム、アースダム、ロックフィルダムなどの大きなダムが建設されるようになり、高さが200メートル以上のダムも約45つくられている。その約55%は発電専用ダム、他は発電を含む多目的ダムである。世界でもっとも高いダムは高さ305メートルの中国の錦屏(ジンピン)第1ダム(アーチダム、2012年竣工、発電用)である。

 日本においてもアースダムは灌漑用の溜池(ためいけ)の堰堤(えんてい)として古くからつくられてきた。飛鳥時代の7世紀前半に築造された大阪府の狭山(さやま)池、平安時代の821年(弘仁12)に弘法(こうぼう)大師が修築したと伝えられる、香川県の満濃池(まんのういけ)、江戸時代の1633年(寛永10)に築造された愛知県の入鹿(いるか)池の堰堤などがある。明治時代になって欧米諸国のダム技術の導入により近代的なダムが建設されるようになり、最初の重力ダム(兵庫県布引(ぬのびき)ダム、水道用)が1900年(明治33)に、バットレスダム(函館市笹流(ささながれ)ダム、水道用)が1923年(大正12)に、マルチプルアーチダム(香川県豊稔(ほうねん)池ダム、灌漑用)が1930年(昭和5)につくられた。大正時代以降発電用のダムが各地で建設された。第二次世界大戦後に最初のロックフィルダム(岐阜県小渕(こぶち)防災溜池、洪水調節用)が1952年(昭和27)に、アーチダム(島根県三成(みなり)ダム、発電用)が1953年に、中空重力ダム(静岡県井川ダム、発電用)が1957年につくられた。第二次世界大戦後に食糧の増産、電源の開発、洪水災害の軽減を主目標とした河川総合開発事業が実施され、灌漑、発電、洪水調節などを目的とする多目的ダムの建設が進められた。昭和30年代以降の産業の発展、都市人口の増加に対応して工業用水、生活用水の供給がダム建設の目的に加わった。日本のダム建設では、洪水と地震に対する安全性が課題となり、当初は安全性の高い重力ダムがほとんどであったが、設計理論、施工技術の進歩によりアーチダムやロックフィルダムも建設されるようになった。2011年版ダム年鑑(日本ダム協会)によると、日本では生活用水、工業用水、灌漑用水などの供給、水力発電、洪水調節などのために高さ15メートル以上のダム(貯水ダム)が2716つくられている。そのうち71.5%は専用ダム、28.5%は多目的ダムである。型式別のダム数は重力ダム974、中空重力ダム13、アーチダム53、バットレスダム6、マルチプルアーチダム3、アースダム1310、ロックフィルダム283、その他74である。1956年にアメリカ合衆国から大型機械施工の技術を導入して施工された高さ155.5メートルの佐久間ダム(静岡県・愛知県、発電用)の建設後、発電専用や多目的のダムとして大きなダムがつくられるようになった。日本には高さ150メートル以上のダム(重力ダム、アーチダム、ロックフィルダム)が11あり、そのうち5は発電専用ダム、6は発電を含む多目的ダムである。日本でもっとも高いダムは高さ186メートルの富山県の黒部ダム(アーチダム、1963年竣工、発電用)である。

[鮏川 登]

ダムと環境

ダムを建設すると、家屋、農地、山林、道路、鉄道などが水没し、住民の生活環境や生態系に重大な影響を及ぼす。ダムは魚類の遡上(そじょう)、降下の妨げとなり、また河川の流況を変え、河川の生態系に影響を与える。上流から流送されてくる土砂が貯水池内に堆積(たいせき)し、貯水容量を減少させ、ダム下流への土砂輸送量が減じ、ダム下流で河床低下を生じたり、河口周辺の海岸浸食を生じたりする。貯水池の上流端に堆積した土砂は河床を上昇させ、洪水氾濫(はんらん)の危険性を増大し、周辺の土地の排水を困難にする。貯水池の富栄養化(ふえいようか)、濁水、冷水などの水質問題を生じたり、湛水(たんすい)により地すべりを誘発することもある。

 ダムが決壊すると、洪水が発生し、下流で大きな被害を生ずる。19世紀以前には洪水吐きの不備のため洪水により多くのダムが壊された。20世紀以降でも洪水吐きの容量不足による洪水の越流、貯水の堤体・基礎地盤への浸透によるパイピング(堤体・地盤内にパイプ状の水の通り道ができる現象)や地震などによりフィルダムが決壊した例がある。たとえば、1976年に完成直後の最初の湛水(たんすい)時に堤体のパイピングにより決壊したアメリカ合衆国のティートンダム(シルト、砂礫(されき)、ロックからなるゾーン型のフィルダム、高さ93メートル)、1979年に洪水吐き容量の約3倍の洪水の越流により決壊したインドのモービィダム(アースダム、高さ25メートル)、2011年(平成23)の東北地方太平洋沖地震により決壊した福島県の藤沼ダム(アースダム、高さ17.5メートル、1949年竣工)などがある。コンクリートダムの被災例としては、1959年に満水時の左岸基礎地盤の崩壊によりダムの半分が決壊したフランスのマルパッセダム(アーチダム、高さ66.5メートル、1954年竣工)、1963年に貯水池の左岸で発生した地すべりにより大量の土砂が貯水池に流入して生じた津波がダムを越えて流下する際にダムの取付け部の地山が削られ、ダムの機能を果たせなくなったイタリアのバイオントダム(アーチダム、高さ262メートル、1960年竣工。ダム堤体はほとんど損傷を受けなかった)、1999年の集集地震で堤体の一部が倒壊した台湾の石岡(シーカン)ダム(重力ダム、高さ25メートル、1977年竣工)などがある。

[鮏川 登]

『日本ダム協会編・刊『ダム年鑑』各年版』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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