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セサロニキ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

セサロニキ
Thessaloníki
ギリシア北部,マケドニア地方中部の都市。古代ギリシア語読みではテッサロニケ Thessalonikē,ラテン語ではテッサロニカ Thessalonica,英語ではサロニカ Salonika。ハルキディキ半島の基部西岸,セルマイコス湾の湾奥に位置する港湾都市で,アテネに次ぐギリシア第2の商工業中心地。古代都市テルメがあったあたりに,前316年頃アレクサンドロス3世(大王)の後継者(ディアドコイ)の一人カサンドロスが建設,大王の妹にあたる妻の名にちなんで命名。前146年以降ローマ領マケドニアの首都。ビザンチン帝国時代にはコンスタンチノープルに次ぐ都市として繁栄。スラブ人ブルガール人ノルマン人などの異民族にしばしば攻撃され,1423年ベネチア領となったが,1430年オスマン帝国により占領。以後 482年間にわたってオスマン帝国の支配下に置かれ,この間に人口が激減した。バルカン戦争(1912~13)後ギリシア領。第1次世界大戦中の 1916年,ベニゼロスによる臨時政府が樹立され,バルカン戦線における連合国側の拠点となった。主要工業は酒類製造,皮革,綿織物,絨毯,煉瓦,タイル,石鹸,製粉など。港はピレエフスに次ぐ貿易港で,クロム,マンガン,各種農産物を輸出。市街はホルティアティス山西麓に海岸に沿って南北に細長く延び,市内にはローマ時代,ビザンチン時代の遺跡や建築物が多数保存されており,1988年世界遺産の文化遺産に登録されている。アテネと並ぶ学芸の中心地で,国立セサロニキ大学(1925)をはじめとする多数の教育機関がある。また北部ギリシアの交通の中心地で,ギリシア各地のほか,北マケドニアブルガリアへも鉄道が通じ,国際空港がある。人口 31万5196(2011)。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
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