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スティーグリッツ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

スティーグリッツ
Stieglitz, Alfred
[生]1864.1.1. アメリカ,ニュージャージーホーボーケン
[没]1946.7.13. アメリカ,ニューヨーク
アメリカの写真家。初め電気工学の研究のためドイツに留学したが,整色感光材料色素の合成に成功したフォーゲル教授と知合い,写真技術に熱中。 1890年帰国しストレート・フォトグラフィを標榜して,近代写真の新たな方向性を示した。 1900年同志と写真雑誌『カメラ・ノーツ』を発刊,02年にはフォト・セセッション運動 (写真分離派) を起し,『カメラ・ワーク』を編集発刊 (1903~17) 。近代写真の発展に尽すとともに,ニューヨーク五番街に画廊「291」を設け,スタイケンらとピカソマチスをはじめヨーロッパの近代美術の紹介に努めた。彼の作品ならびに近代美術の収集品は遺言によりワシントン D.C.のナショナル・ギャラリーに寄贈された。夫人は画家 G.オキーフ

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スティーグリッツ
Stieglitz, Julius Oscar
[生]1867.5.26. ニュージャージー,ホーボーケン
[没]1937.1.10. シカゴ
アメリカの有機化学者。 1889年ベルリン大学で学位取得後,シカゴ大学で教え,化学科科長 (1915~33) 。分子の再配列,触媒,化学指示薬の理論,有機窒素化合物の研究を通じて,有機化学研究に原子価論,物理化学的方法を導入した功績で知られる。

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デジタル大辞泉

スティーグリッツ(Alfred Stieglitz)
[1864~1946]米国の写真家。妻は画家のオキーフ。写真家集団「フォトセセッション」を主宰、「カメラ‐ワーク」誌を創刊するなど、近代写真の先駆者とされる。代表作「終点」「三等船室」など。

出典:小学館
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世界大百科事典 第2版

スティーグリッツ【Alfred Stieglitz】
1864‐1946
アメリカの写真家。ニュージャージー州生れ。19世紀の絵画模倣(ピクトリアリズム)が中心であった写真を脱し,写真独自の道を切り開いて,〈近代写真〉の基礎を築いた人物として知られる。彼はベルリンの工科大学留学中に写真に興味を持ちはじめ,帰国したのちアマチュア写真家の機関誌の編集などに携わっていたが,1902年,写真芸術の確立を目ざして〈フォト・セセッション(写真分離派)〉運動をおこした。これは,どんなに絵画的な写真であろうともそれを,絵画との関係の中でとらえるのではなく,L.ダゲールやW.タルボット,D.O.ヒルなどに始まる写真独自の様式と表現法の中でとらえようとしたのであった。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

スティーグリッツ【Alfred Stieglitz】
1864~1946) アメリカの写真家。写真家団体フォトセセッションの主宰者として近代写真の基礎を定める。雲を撮影した「等価物」シリーズで、象徴的な作風を確立。

出典:三省堂
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日本大百科全書(ニッポニカ)

スティーグリッツ
すてぃーぐりっつ
Alfred Stieglitz
(1864―1946)
アメリカ近代写真の父といわれる写真家。ニュー・ジャージー州出身。青年期に父母の母国ドイツへ留学、ベルリン大学で工学と写真技術を専攻し、その時期にアマチュアとして活動を始めた。当初はヨーロッパの絵画主義的写真に導かれた作品を撮っていたが、のちしだいに写真の特性を生かした独自な写真芸術観を確立してゆく。1890年アメリカに帰り、ニューヨークで写真家活動、編集、出版ならびにギャラリー運営に携わる。とくに同人雑誌『アメリカン・アマチュア・フォトグラファー』の編集(1893~96)、『カメラ・ノート』(1897~1902)、『カメラ・ワーク』(1903~17)の編集出版を通じてアメリカ写真界を指導、多大の影響を及ぼした。また1902年には写真芸術の自立を標榜(ひょうぼう)してグループ「フォト・セセッション」を創立し、05年には同名のギャラリー(のちに「291」と改称)を、25年には「アメリカン・プレイス」ギャラリーを開設し、ヨーロッパとの芸術交流、写真界・美術界の活性化に努めた。[平木 収]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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