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ジョンソン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ジョンソン
Johnson, Andrew
[生]1808.12.29. ノースカロライナ,ローリー
[没]1875.7.31. テネシー,カーターステーション近郊
アメリカの政治家。第 17代大統領 (在任 1865~69) 。 1843~53年連邦下院議員,53~57年テネシー州知事,57~62年連邦上院議員となる。その間 61年にテネシー州の連邦脱退に反対して州の政治家の大勢から離れ,南北戦争中は連邦側に属した。戦後の 65年副大統領,同年4月 A.リンカーン暗殺により大統領就任,再建計画の実施にあたり,リンカーンの政策の大綱を踏襲し,南部諸州再建に対して寛大な政策をとった。このため,議会で優勢な共和党急進派の批判を受け,68年5月大統領弾劾の最終投票にかけられ,わずか1票の差で弾劾を免れた。同年の大統領選挙では共和党から指名されず,75年再び連邦上院議員になった。

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ジョンソン
Johnson, Douglas Wilson
[生]1878.11.30. ウェストバージニア,パーカースバーグ
[没]1944.2.24. フロリダ,セブリング
アメリカ合衆国の地形学者。マサチューセッツ工科大学地質学ハーバード大学自然地理学を教え,のちにコロンビア大学教授となる。デービス学派の一人で,河谷地形および海岸浸食の研究に従事し,特に海岸地形にすぐれた研究を残す。主著海岸営力と海岸線発達』 Shore Processes and Shoreline Development (1919) 。

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ジョンソン
Johnson, Hewlett
[生]1874
[没]1966
イギリス国教会聖職者,平和運動家。オックスフォードに学んで聖職者となる (1905) 。社会問題に関心を寄せ『インタープリター』誌を刊行 (05~24) 。マンチェスターの主任司祭 (24~31) ,カンタベリーの主任司祭をつとめる。第2次世界大戦後は平和運動に尽力し,スターリン平和賞を受賞 (50) 。「カンタベリーの赤いディーン (主任司祭) 」と呼ばれた。主著『世界第6社会主義者』 The Socialist Sixth of the World (40) ,『新しき中国』 New Creative China (53) 。

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ジョンソン
Johnson, Lionel Pigot
[生]1867.3.15. ケント,ブロードステアーズ
[没]1902.10.4. ロンドン
イギリスの詩人批評家オックスフォード大学に学ぶ。学生時代に雑誌『ワイクハミスト』 Wykehamist (1884~86) を編集。 1891年カトリックに改宗,『スペクテーター』『アカデミー』誌などに寄稿。『詩集』 Poems (95) ,『アイルランド』 Ireland and Other Poems (97) のほか,『シェークスピア道化』 The Fools of Shakespeare (87) ,『トマス・ハーディの技法』 The Art of Thomas Hardy (94) などの評論がある。

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ジョンソン
Johnson, Lyndon Baines
[生]1908.8.27. テキサス,ギレスビー
[没]1973.1.22. テキサス,サンアントニオ
アメリカの政治家。第 36代大統領 (在任 1963~69) 。 1930年州立サウスウェスト・テキサス教育大学卒業。 37年下院に民主党から立候補し当選,49年には上院議員になった。アイゼンハワー共和党政権下で,野党院内総務として院内の政治的折衝や党内工作にすぐれた手腕を示し,党の指導的地位を固めた。 61年 J.ケネディ政権の副大統領に就任。 63年ケネディ暗殺に伴い大統領に昇格,64年の大統領選挙で勝利を収めた。「偉大な社会」のスローガンを掲げ,黒人に対する公民権政策など内政問題に積極的に取組んだが,64年8月トンキン湾事件,翌年2月北爆開始とベトナム戦争に介入し,内外からの強い批判を浴びた。その結果 68年3月には大統領選挙戦への不出馬を表明し,翌年1月任期満了に伴い政界から引退した。

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ジョンソン
Johnson, Paul Emanuel
[生]1898.2.9. コネティカット
[没]1974.9.1.
アメリカの宗教心理学者,牧会カウンセリングの第一人者。ボストン大学,コーネル大学より博士号を受ける。中国の大学で教え (1926~27) ,ボストン大学神学部教授として宗教心理学を講じ (41~63) ,牧会カウンセリングの領域で先駆的な貢献をした。 1963年に来日,東京神学大学,青山学院大学,関西学院大学,同志社大学などで教鞭をとった。宗教と精神衛生学会,臨床牧会教育学会,アメリカ・プロテスタント病院協会などの会員。主著"Psychology of Religion" (45) ,"Psychology of Pastoral Care" (53) ,"Personality and Religion" (57) ,"Person and Counselor" (67) 。

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ジョンソン
Johnson, Philip Cortelyou
[生]1906.7.8. オハイオ,クリーブランド
[没]2005.1.25. コネティカット,ニューカナーン
アメリカの建築家。ハーバード大学で古典と哲学を学んだのち,ヨーロッパ旅行を通じて得た知見をヘンリー=ラッセル・ヒッチコックとの共著『国際様式』 The International Style,Architecture since 1922 (1932) にまとめて出版。同書は国際様式という呼称を普遍化しただけでなく,1930年代の建築活動の高揚にも貢献した。 1932~54年ニューヨーク近代美術館の初代建築部門部長。 1933年に「アメリカ,スカイスクレーパーの誕生展」とインダストリアル・デザインの展示を企画し,近代建築の普及に画期的な役割を果たした。その間,ハーバード大学大学院でマルセル・ブロイアーのもとで建築を学び,1945年以後設計を行なう。初期の作品はルートウィヒ・ミース・ファン・デル・ローエからの強い影響を示すが,その後古典様式へとロマン主義から重厚な造形を加えていった。 1978年アメリカ建築家協会ゴールドメダル,1979年プリツカー賞受賞。代表作自邸ガラスの家 (1949,ニューカナーン) ,シーグラム・ビル (1958,ニューヨーク,ミース・ファン・デル・ローエと共同制作) ,アモンカーター美術館 (1961,フォートワース) ,ニューヨーク近代美術館増築および彫刻中庭 (1964) ,ニューヨーク州立劇場 (1964,ニューヨーク,リンカーンセンター,リチャード・フォスターと共同制作) ,AT&T本社ビル (1984,ニューヨーク) 。

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ジョンソン
Johnson, Richard Mentor
[生]1780. ケンタッキー,ルイビル近郊
[没]1850.11.19. ケンタッキー
アメリカの政治家。 M.バン・ビューレン大統領のもとで副大統領。 1802年弁護士開業。 04年ケンタッキー州議会議員。 07~19,29~37年連邦下院議員。 19~29年連邦上院議員。民主党員として A.ジャクソン大統領を忠実に支持。 37~41年異例な形で上院に推されて副大統領に就任したが,民主党内で彼に反対する勢力増大。 40年の大統領選挙に立候補したがホイッグ党候補 J.タイラーに敗れた。

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ジョンソン
Johnson, Robert
[生]1583
[没]1633. ロンドン
イギリスの作曲家。 1604~33年イギリス王室のリュート奏者をつとめた。リュート歌曲のほか,戯曲の付随音楽,バージナル曲などがある。

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ジョンソン
Johnson, Samuel
[生]1709.9.18. スタッフォードシャー,リッチフィールド
[没]1784.12.13. ロンドン
イギリスの詩人,批評家,随筆家,辞典編纂者。書店主の子に生れ,オックスフォード大学に進んだが貧困のため中退。小学校の代用教員をつとめてから,28歳のときロンドンに出て,風刺詩『ロンドン』 London (1738) を書いたり,雑誌の編集執筆をしながら,独力で2卷の『英語辞典』 Dictionary of the English Language (55) を完成した。財政援助を拒否したチェスターフィールド伯にあてた辛辣な手紙 (55.2.7) は有名。教訓小説『ラセラス』 Rasselas (59) によって文名を高め,J.レイノルズ,ゴールドスミス,D.ガリックらの画家,文人,俳優を集めて「文学クラブ」をつくり,文壇大御所として広く敬愛を集めた。批評家としては『イギリス詩人伝』 The Lives of the English Poets (79~81) とシェークスピア全集 (65) の序文として書かれたシェークスピア論が有名。ボズウェルの『ジョンソン伝』 (91) は,よくその性格を伝えている。一面頑固な保守主義者であったが,豊かな人間的感情の持主であり,ジョンソン博士として広く親しまれた。

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ジョンソン
Johnson, Ural Alexis
[生]1908.10.17. カンザスファルン
[没]1997.3.24. ノースカロライナ,ローリー
アメリカの外交官。 1935~37年日本駐在大使館勤務を振出しに,37~42年ソウル,天津,奉天の各副領事をつとめた。第2次世界大戦後 47~50年横浜総領事に就任。 51~53年国務省北東アジア局長,53~58年チェコスロバキア駐在大使,62~66年国務省政務担当副次官などを経て 66~68年日本駐在大使に就任した。 69~73年国務次官 (政治担当) ,73~77年戦略兵器制限交渉 SALT代表などを歴任。知日派として知られた。

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ジョンソン
Johnson, Sir William
[生]1715. ミース,スミスタウン
[没]1774.7.11. ニューヨーク,ジョンズタウン
アメリカのインディアン監督官。ニューヨーク植民地開拓者。 1737年頃アイルランドからアメリカに移住し,39年以来モホーク川北岸に土地購入を始め,アメリカ植民地有数の大土地所有者となった。 39年以後2人のインディアンの女性と結婚,インディアン民族と親交があり,54年イロコイ6民族連盟の監督官,56年再び北部インディアン監督官に就任。北アメリカでの対フランス諸戦争におけるインディアンの中立化,対イギリス友好化などに活躍。 63年のポンティアク戦争でも鎮定に努力し,68年フォート・スタンウィックス条約の成立に貢献した。

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ジョンソン
Johnson, William Ernst
[生]1858.6.23. ケンブリッジ
[没]1931.1.30.
イギリスの論理学者。ケンブリッジ大学に学び,1902年以後同大学教授として道徳哲学を講ず。論理学の課題を「思考の分析と批判」と定義し,すべての学問の規範学とみなした。また経済学にも興味を示し,効用理論などを研究。これはケインズにも大きな影響を与えた。主著『論理学』 Logic (3巻,1921~24) 。

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ジョンソン
Jonson, Ben(jamin)
[生]1572.6.11. ロンドン
[没]1637.8.6. ロンドン
イギリスの劇作家,詩人,批評家。煉瓦職人の義父に育てられ,大学には進めなかったが,歴史家 W.カムデンの知遇を得て深い古典の学識を身につけた。軍人としてオランダに出征したのち,1597年頃から興行師ヘンズローのために戯曲の創作を始め,同僚の俳優を決闘で殺してかろうじて死刑を免れるなどの事件があったが,98年『十人十色』 Every Man in His Humourがシェークスピアの一座で上演されてから文名があがった。まもなく「劇場戦争」と呼ばれる劇作家間の抗争に巻込まれたが,1605年に『黒の仮面劇』 Masque of Blacknessが宮廷で上演され,舞台装置家 I.ジョーンズと組んで宮廷仮面劇の黄金時代をつくり上げた。公共劇場でも『ボルポーニ』 Volpone (1606) ,『エピシーニ,または物言わぬ女』 Epicoene,or The Silent Woman (09) ,『錬金術師』 The Alchemist (10) など,人間の物欲と愚かさを暴露した風刺喜劇の傑作を発表。また,批評集『森または発見』 Timber or Discoveries (40刊) ,集『林』 The Forest (16) などがある。古典主義の信奉者,強大な知性の持主として,当時の劇壇文壇に大きな影響を与えた。 16年ジェームズ1世から年金を受け,事実上最初の桂冠詩人となった。

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ジョンソン
Johnson, Magic
[生]1959.8.14. ミシガン,ランシング
アメリカ合衆国のバスケットボール選手。本名 Earvin Johnson,Jr.。NBAのロサンゼルス・レイカーズを5回にわたり優勝に導いた。「マジック」というニックネームは,その独創的で見る者を楽しませるボールさばきに由来する。 1977年高校で所属していたチームを州大会優勝に,1979年にはミシガン州立大学チームを全米大学体育協会 NCAA選手権大会制覇に導いた。 1979年レイカーズに入団。その後 1980,1982,1985,1987,1988年の5回にわたってチームを王座につかせ,自身は 1987,1989,1990年にレギュラーシーズン最優秀選手 MVPに選ばれた。ポイントガードとして活躍,そのポジションをかつてないほど多様なものにしてみせた。 1991年 HIV感染を理由にいったん引退するが,その時点での通算アシスト数 9921は NBA歴代1位であった。 1992年バルセロナ・オリンピック競技大会にドリームチームの一員として出場し,アメリカに金メダルをもたらした。 1994年に短期間レイカーズのヘッドコーチを務め,1995-96年シーズンに一時期,現役復帰した。 2002年ネイスミス記念バスケットボール殿堂入り。

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ジョンソン
Johnson, Boris
[生]1964.6.19. アメリカ合衆国,ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国生まれのイギリスのジャーナリスト,政治家。首相在任 2019~ )。フルネーム Alexander Boris de Pfeffel Johnson。ニューヨークで生まれ育ち,ブリュッセルを経てイギリスに移り,イートン・カレッジに入学して奨学金を受け,オックスフォード大学ベーリオール・カレッジで古典学を学んだ。1987年に『タイムズ』(→ロンドン・タイムズ)の記者となるが,引用文を捏造したために解雇される。1989~94年『デーリー・テレグラフ』のヨーロッパ共同体 EC(1993からヨーロッパ連合 EU)特派員。1994年週刊誌『スペクテーター』の政治コラムニストとなり,1999年編集長に就任,2005年まで務めた。その間の 2001年,下院議員となる。2007年7月ロンドン市長選挙戦に名のりを上げ,2008年5月僅差で勝利し市長に就任。2012年には再選され,2016年まで市長を務めた。その間の 2015年,再び下院議員となり,イギリスの EU離脱(「ブレグジット」Brexit)の是非を問う国民投票(→人民投票)に向け,「離脱派」の旗振り役となった。2016年6月23日に実施された国民投票では,約 52%が離脱を支持し,デービッド・キャメロンが首相を辞任。あとを受けて首相に就任したテリーザ・メイは,ジョンソンを外務大臣に指名した。しかし 2018年7月,EU離脱担当大臣が,メイの離脱交渉は譲歩しすぎるため職責を続けられないとして辞任すると,ジョンソンもあとに続いて外相を辞任した。2019年5月,離脱交渉の行きづまりをうけメイが辞任を表明すると,ジョンソンは保守党党首選挙に出馬し,同年7月党首に選出され首相に就任した。

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デジタル大辞泉

ジョンソン(Andrew Johnson)
[1808~1875]米国の政治家。第17代大統領。在任1865~1869。テネシー州知事・上院議員・副大統領などを歴任。リンカーン暗殺により大統領に就任。→グラント

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ジョンソン(Ben Jonson)
[1572~1637]英国の劇作家・詩人。気質喜劇伝統確立、また宮廷仮面劇も書いた。喜劇「十人十色」「ボルポーネ」「錬金術師」など。

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ジョンソン(Samuel Johnson)
[1709~1784]英国の詩人・批評家。独力で「英語辞典」を完成。詩「欲望のむなしさ」、伝記詩人伝」など。

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ジョンソン(Boris Johnson)
[1964~ ]英国の政治家。首相。オックスフォード大学卒業後「タイムズ」「デーリーテレグラフ」の記者や雑誌コラムニストを務める。2001年に下院議員に当選。2008年からロンドン市長に転じるが、のちに下院に戻った。記者時代からのEU懐疑派で、ブレグジット決定後の2016年からメイ内閣の外相。EU離脱協定案の批准獲得に失敗したメイの後を受けて2019年、首相に就任した。

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世界大百科事典 第2版

ジョンソン【Andrew Johnson】
1808‐75
アメリカ合衆国17代大統領。在職1865‐69年。ノース・カロライナ州ローリーに生まれ,のちテネシー州グリーンビルに移り,洋服店を開いた。やがて大農園貴族層に反対するジャクソン派民主党員として政界に入り,グリーンビル市長,州議会議員,連邦下院議員,テネシー州知事,そして連邦上院議員となった。彼自身奴隷所有者であり,奴隷制度擁護者ではあったが,南北戦争前の危機に際してテネシー州の連邦脱退に反対し,連邦上院議員の地位も辞さなかった。

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ジョンソン【Ben Jonson】
1572‐1637
イギリスの詩人,劇作家。ロンドンに生まれ,ウェストミンスター・スクールで古典の素養を身につけたのち,しばらく外国で軍人生活を送って帰国。1598年に侍従長一座によって上演された《気質くらべ》の成功によって世に出た。同種の市民風俗喜劇《気質を捨てて》(1599初演)の執筆後少年劇団の側に転じ,いわゆる〈劇場戦争〉に加わって《へぼ詩人》(1601)などしんらつな風刺喜劇で劇作家マーストンらを攻撃した。その後再び成人劇団側に戻り,遺産相続にからむだまし合いを筋に仕組んだ《ボルポーネ》(1606),極端な音嫌いを主人公とする《物言わぬ女》(1609,これのみ少年劇団用に執筆),錬金術をたねにした詐欺を扱った《錬金術師》(1610),縁日を舞台に多くの騙り(かたり)と茶番の筋が複雑に錯綜する《バーソロミュー・フェア》(1614)と,立て続けに第一級の喜劇をものして劇壇での地位を不動のものにした。

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ジョンソン【Douglas Wilson Johnson】
1878‐1944
アメリカの地形学者。W.M.デービス門下の第一人者として多くの論文を発表したが,特に海岸地形に関するものが多い。1912年からコロンビア大学教授。19年に刊行した《海岸の営力と海岸線の発達》は,それまでかなり未開拓で遅れていた海岸地形分野の研究を一気に高め,世界的に知られるようになった。海岸線にはどのような営力が働き,それにより海岸線はどのように変化してゆくか,つまり海岸地形の発達史を解明した理論は,アメリカはもとよりヨーロッパ各地の海岸の実地調査から得られたものである。

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ジョンソン【Lyndon Baines Johnson】
1908‐73
アメリカ合衆国第36代大統領。在職1963‐69年。テキサス州出身。1930年代にニューディール派民主党員として政界に入り,37年連邦下院議員補選に出馬して当選,48年には上院に転じた。議会政治家として卓越した手腕を発揮し,53年史上最年少で民主党院内総務に選ばれた。60年の大統領選では民主党候補指名争いでケネディに敗れたが,党の結束を示すため請われて副大統領候補となり当選,63年11月ケネディが暗殺されたため大統領に昇格した。

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ジョンソン【Lionel Pigot Johnson】
1867‐1902
イギリスの世紀末詩人,評論家。アイルランド文芸復興に関心をもち,イェーツらと〈詩人ライマーズ・クラブ〉をつくり,音楽的で知的な詩と鋭い評論を発表した。カトリック伝統美にケルト精神,古典の教養ある詩人だったが,惜しくも泥酔死した。《詩集》(1895),評伝《ハーディ》(1894)がある。誘惑と戦う〈闇夜の天使〉,母校への別れのうた〈オックスフォード〉などは,すぐれた抒情詩である。【松浦 暢】

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ジョンソン【Pauline Johnson】
1862‐1913
カナダのイギリス系詩人。彼女はモホーク族の長を父としイギリス婦人を母としてオンタリオ州のインディアン保護地区で生まれた。1890年代にインディアンの衣装をまとって自作詩を朗読,各地を巡回して大いに人気を博し,その名声は一時英米にまで及んだ。詩集に《白いワンパム(貝殻玉)》(1895)や《カナダ生れ》(1905),ほかに散文の《バンクーバー伝説集》(1911)などがある。【平野 敬一】

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ジョンソン【Philip Cortelyou Johnson】
1906‐
アメリカの建築家。クリーブランド生れ。ハーバード大学卒業後,1930‐36年と46‐54年,ニューヨーク近代美術館に勤務。自邸〈ガラスの家〉(1949,コネティカット州)で近代住宅設計について名を知られるようになり,その後ペンゾイル・プレース(1976,ヒューストン),AT & Tビル計画案(ニューヨーク)等により,変化に満ちたシルエット高層ビルに与え,現代建築に大きな影響を与えている。美術館在職中にヒッチコックHenry‐Russel Hitchcockと著した《国際様式――1922年以後の建築》(1932)(国際様式建築)でも知られる。

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ジョンソン【Samuel Johnson】
1709‐84
イギリスの文人,辞書編纂家。18世紀後半の代表的作家で,〈文壇の大御所〉と呼ばれた。中部地方リッチフィールドの本屋の息子として生まれる。オックスフォード大学を中退して,故郷私塾の教師をするが,1737年教え子D.ギャリックとともにロンドンへ出,《ジェントルマンズ・マガジン》に寄稿して,文筆に従事する。その間,風刺詩《ロンドン》(1738)をローマの風刺家ユウェナリスに模して作る。また当時の交友の中から《リチャード・サベッジ伝》(1744)が生まれた。

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大辞林 第三版

ジョンソン【Johnson】
Lyndon Baines J. 1908~1973 アメリカの政治家。暗殺されたケネディを継いで、第三六代大統領(在任1963~1969)となり福祉政策を推進。軍事介入を強め、ベトナム戦争の深刻化を招いた。
Philip J. 1906~2005 アメリカの建築家。ニューヨーク近代美術館初代建築部長。ヨーロッパの近代建築の潮流をアメリカに紹介した。代表作にテキサス州フォートワースの美術館、ガラスの家(自邸)、 AT&T ビルなどがある。
Samuel J. 1709~1784 イギリスの詩人・批評家。「英語辞典」を独力で完成。風格ある人柄と文壇における幅広い活動により、広く英国民に親しまれる。著「シェークスピア全集(校注)」「英国詩人伝」など。

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ジョンソン【Ben Jonson】
1572~1637 イギリスの風刺喜劇作家・詩人。気質劇の伝統を確立。代表作「十人十色」「ボルポーネ」「エピシーニ」「錬金術師」など。

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367日誕生日大事典

ジョンソン
生年月日:1878年11月30日
アメリカの地形学者
1944年

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精選版 日本国語大辞典

ジョンソン
[一] (Andrew Johnson アンドルー━) アメリカ合衆国第一七代大統領(在任一八六五‐六九)。ノース‐カロライナ出身の民主党員。リンカーン暗殺により、副大統領から大統領に昇任。戦後、穏健な南部再建案を示したため、共和党急進派と対立、大統領として初めて弾劾裁判を受けた。(一八〇八‐七五
[二] (Samuel Johnson サミュエル━) イギリスの詩人、批評家。「英語辞典」の編纂で名高い。詩作のほかに、雑誌「ランブラー」の創刊、紀行文・伝記などの著作を行なう。教訓詩「欲望のむなしさ」、小説「ラセラス」、伝記「英詩人伝」など。(一七〇九‐八四
[三] (Ben Jonson ベン━) イギリスの詩人、劇作家、批評家。諷刺劇「十人十色」の上演によって一躍その名を挙げ、いわゆる気質喜劇を確立。三大喜劇として「ボルポーニ」「物いわぬ女」「錬金術師」がある。(一五七二‐一六三七
[四] (Lyndon Baines Johnson リンドン=ベインズ━) アメリカ合衆国第三六代大統領(在任一九六三‐六九)。テキサス出身の民主党員。ケネディ暗殺により、副大統領から昇任。ベトナムへの軍事介入を強化し、国民の不信を招いた。六四年再選。(一九〇八‐七三

出典:精選版 日本国語大辞典
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