Rakuten infoseek

辞書

ジョクジャカルタ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ジョクジャカルタ
Yogyakarta
インドネシア,ジャワ島中央南部にある都市。周辺4県とともにジョクジャカルタ特別州を形成。メラピ山南麓の肥沃な平野に位置し,年平均気温 25.9℃,月降水量 33mm (7月) ~307mm (1月) 。ヒンドゥー・マタラム王国の本拠地であり,のちにイスラム・マタラム王国の地となった。 18世紀後半オランダの支配下でスルタン領の主都,1946~49年の独立戦争時にはインドネシア共和国の首都。現在でもクラトン (王宮) にスルタンのハメンク・ブオノ家一族とその侍者が住む。市内には国立ガジャ・マダ大学をはじめ私立の大学,美術学校,博物館,図書館などの教育施設が多い。市場は周辺の農産物や工芸品の集散地としてにぎわう。ジャワさらさ,銀細工,木工細工,皮細工,ワヤン人形 (影絵芝居に用いる) を特産する。近隣にボロブドゥールプランバナンの遺跡があり,市内のクラトンとともに観光名所となっている。鉄道,道路,空路で島内主要都市と結ばれる。人口 39万 8727 (1980) 。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

デジタル大辞泉

ジョクジャカルタ(Djokjakarta)

出典:小学館
監修:松村明
編集委員:池上秋彦、金田弘、杉崎一雄、鈴木丹士郎、中嶋尚、林巨樹、飛田良文
編集協力:田中牧郎、曽根脩
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

ジョクジャカルタ【Jokjakarta】
インドネシア,ジャワ島中部の都市。Jogjakartaとも綴る。ジョクジャカルタ特別行政区の主都。人口42万(1996)。たえず噴煙をはくメラピ山(2911m)南麓の沃野に位置し,標高115m。ウィノンゴ,チョデなどの川が市を貫く。古くからヒンドゥー・ジャワ文化の中心地として栄え,マタラム・イスラムの王都が置かれたこともあり,日本の京都に比べられる落ちついた古都である。戦後1946‐49年の混乱期には一時インドネシア共和国の首都ともなった。

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

大辞林 第三版

ジョクジャカルタ【Jokjakarta】
インドネシア、ジャワ島の中部にある都市。米・ゴム・コプラなどの集散地。ジャワ更紗サラサの産地。近郊には仏教遺跡ボロブドールがある。ジョクヤカルタ。

出典:三省堂
(C) Sanseido Co.,Ltd. 編者:松村明 編 発行者:株式会社 三省堂 ※ 書籍版『大辞林第三版』の図表・付録は収録させておりません。 ※ それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

日本大百科全書(ニッポニカ)

ジョクジャカルタ
じょくじゃかるた
Jokjakarta
インドネシア、ジャワ島中部の都市。ジョクジャカルタ特別地域の中心都市。人口約47万0800(2001推計)。絶えず噴煙を吐くメラピ火山南麓(なんろく)の平野に位置する。ウィノンゴ、チョデなどの川が市を貫いて流れる。肥沃(ひよく)な平野の中にあって古くからヒンドゥー文化の中心として発達し、その落ち着いた雰囲気は日本の京都に比べられる。ボロブドゥール、プランバナンなどの世界的に有名な文化遺跡にも近い。18世紀以後マタラム王国の首都となり、市の南部はいまもスルタンの王宮(クラトン)で占められ、それを中心に各種の建物、従者の住宅が建ち並び、昔ながらの城下町のおもかげを残す。王宮前の広場の北西を占めるソノブドヨ博物館は中部ジャワの文化的遺産を展示する。また王宮のやや西に水の王宮(タマンサリ)の遺跡も残る。市はジャワ更紗(さらさ)(バティック)、銀細工、彫刻などの伝統工芸品生産で知られ、ガムラン音楽、ワヤン劇などの古典芸術も保存され、古都としての雰囲気に富む。独立戦争当時(1946~49)、一時インドネシアの首都となった。学問的レベルの高い国立ガジャマダ大学をはじめ、国立イスラム研究所もあってジャワ学術の一中心をなしている。南方のイモギリにはマタラム王国歴代の廟(びょう)がある。[別技篤彦]

歴史

16世紀末以来、ジャワ中東部を領したマタラム王国は、王位継承の争いと、これに乗ずるオランダ東インド会社に圧迫され、しだいに勢力を失ったが、1755年には、スラカルタ、ジョクジャカルタの東西二つの独立国に分けられ、西半部にはスルタン・ハメンクブオノSultan Hamengkubuwono のジョクジャカルタ統治が始まった。両家の関係は、その後もしばらく緊張が続いたが、ジャワ戦争(1825~30)以後、オランダ政府は両家の領地を削り、新たに境界線を定めて不和に終止符を打った。ジョクジャカルタのスルタン領は、スラカルタのスフーナン領とともに、その後も侯領地vorstenlandenとして間接統治が認められ、第二次世界大戦に及んだ。[中村孝志]

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの解説は執筆時点のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

精選版 日本国語大辞典

ジョクジャカルタ
(Jogjakarta) インドネシア共和国、ジャワ島中部の都市。ジョクジャカルタ特別区域の主都。一八世紀ハマンク‐ブオノ家の王宮の所在地として発展。反オランダ独立戦争(一九四六‐四九)の間、主都となった。

出典:精選版 日本国語大辞典
(C)Shogakukan Inc.
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

ジョクジャカルタ」の用語解説はコトバンクが提供しています。

ジョクジャカルタの関連情報

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.