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ジュニアス・レターズ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ジュニアス・レターズ
Letters of Junius
18世紀のロンドンの新聞紙上をにぎわした筆者不明の投書で,政治的論争文の傑作。 1769年1月 21日から 72年1月 21日にかけて,『パブリック・アドバタイザー』紙 (印刷発行者 H.ウッドフォール ) にジュニアスという筆名で 63通の投書が掲載された。トーリー党のグラフトン内閣や,それを支持する国王ジョージ3世らへのきびしい批判が主眼であった。ついには国王誹謗 (ひぼう) 罪で起訴されたが,マンスフィールド判事の追及にもかかわらず,ウッドフォールはジュニアスの正体を黙否し抜いた。この裁判のおかげで,ジュニアスへの社会の関心はますます高まり,筆者についての印刷者の証言拒否権が認められて言論,表現の自由が一段と確立された。なおジュニアスに擬せられている人は 50人にも上るが,そのなかの一人 P.フランシスとする説が有力である。 1949年 F.コルダスコの『ジュニアス文献』 Junius Bibliographyが出版された。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ジュニアス・レターズ
じゅにあすれたーず
Letters of Junius
イギリス史上有名な匿名の新聞投書。ロンドンの新聞『パブリック・アドバタイザー』The Public Advertiserに1769年1月21日付けから72年1月21日付けまでの3年間、ジュニアスの筆名で掲載された、合計69通の投書。同一人と思われるルシアスLucius、ブルータスBrutus名の投書もあるが、ジュニアスの投書は政治問題を扱っていたのが特徴。彼の名をとくに高めたのは、国王ジョージ3世を批判した69年12月19日掲載の投書である。誹毀(ひき)罪に問われたが、発行者ヘンリー・ウッドフォールは、ジュニアスがだれであるかを法廷でも明かさず、ジュニアスは「有名なる無名子」となった。彼が何者かはその後も謎(なぞ)で、彼に擬せられた人は19世紀末までに約40人に上ったとされているほどであるが、今日では、投書の現物の筆跡や文体から、後にリベラル派の政治家として活躍したフランシス卿(きょう)Sir Philip Francis(1740―1818)だと推定する説が確度が高いとされている。[内川芳美]

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