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シェリダン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

シェリダン
Sheridan, Philip Henry
[生]1831.3.6. ニューヨーク,オールバニ
[没]1888.8.5. マサチューセッツ,ノンクィット
アメリカの陸軍軍人。アイルランド移民の子として生れ,1853年陸軍士官学校卒業。 61年陸軍中尉。南北戦争で北軍の騎兵隊将校となり,62年7月ブーンビルで優勢な南軍兵力を破った。 64年4月 U.グラント将軍からポトマック軍の騎兵隊司令官に任じられ,同年8月シェナンドー渓谷の北軍指揮官として活躍。 65年4月1日グラント軍に加わってファイブ・フォークスで南軍のピケット軍を破り,同月9日 R.リー将軍の南軍主力を降伏させた。 67年西部に転じ先住民族インディアンとの戦闘を指揮。「死んだインディアンがよいインディアン」という有名な言葉を残した。典型的な職業軍人で,産業界や政治には関心をもたなかった。

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シェリダン
Sheridan, Richard Brinsley Butler
[生]1751.11.4. 〈洗礼〉ダブリン
[没]1816.7.7. ロンドン
イギリスの劇作家,政治家。俳優を父,文学者を母として生れ,早く文才を示し,1775年処女作『恋敵 (こいがたき) 』 The Rivalsを発表,好評を得た。代表作は『悪口学校』 The School for Scandal (1777) 。この2編は当時の社交界の恋愛風俗を描いた喜劇で,イギリス風習喜劇の傑作。これらによって彼はゴールドスミスとともに 18世紀イギリス演劇代表作家とされる。ほかに,英雄悲劇の愚劣さを風刺した『批評家』 The Critic (79) などがある。 76年ガリックの跡を継いでドルアリー・レーン劇場の支配人となった。 80年国会議員となり,雄弁で知られたが,晩年は貧困と病苦に悩んだ。

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デジタル大辞泉

シェリダン(Richard Brinsley Sheridan)
[1751~1816]英国劇作家機知と風刺に富んだ喜劇で知られる。作「恋敵」「悪口学校」「批評家」など。

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世界大百科事典 第2版

シェリダン【Richard Brinsley Sheridan】
1751‐1816
イギリスの劇作家,政治家。アイルランドのダブリン生れ。滑稽な恋愛騒動を描いた喜劇《恋敵》(1775)によって若くして劇壇に登場。社交界の偽善を批判した喜劇《悪口学校》(1777)で好評を得た。これらはイギリス風習喜劇の伝統を代表する傑作である。他の作品には,喜歌劇付添婦人》(1775),J.バンブラーの風習喜劇を改作した《スカーバラへの旅》(1777),荒唐無稽な英雄悲劇を風刺したバーレスク劇《批評家》(1779)などがあるが,青年期以後のシェリダンは事実上劇作をやめてしまう。

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大辞林 第三版

シェリダン【Richard Brinsley Sheridan】
1751~1816) イギリスの喜劇作家。代表作「恋仇」「悪口学校」「批評家」など。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

シェリダン
しぇりだん
Richard Brinsley Sheridan
(1751―1816)
イギリスの劇作家、政治家。俳優を父に、作家を母にダブリンで生まれる。1771年一家がイギリス南西部の温泉地バスに住んだとき、その町の名花と称された歌姫エリザベス・リンリーElizabeth Linley(1754-1792)と恋をしてフランスに駆け落ちし、そのため二度も決闘をしたが、結局許され結婚した。処女作『恋敵(こいがたき)』(1775)にその経験が織り込まれており、巧みな筋立てと明確な性格描写で好評を博した。とくに登場人物のなかでいつもむずかしいことばを使っては言い間違いをするマラプロップ夫人などは普通名詞(言い間違い(マラプロピズム))に転用されるほど有名になった。1776年彼は当時の二大劇場の一つドルーリー・レーンの経営陣の一員となり、『悪口学校』(1777)や、流行の感傷喜劇を風刺した『批評家』(1779)などで当たりをとった。彼の特徴は、巧妙な台詞(せりふ)と舞台効果を心得た作劇術によって感傷喜劇的な要素を薄め、かわりに一時代前の風習喜劇の哄笑(こうしょう)を復活させた点にある。1780年下院議員になり、その雄弁によって将来を期待されたが、劇場の修理や焼失で経済的に行き詰まり、1812年の選挙では落選して不幸な晩年を送った。[中野里皓史]

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精選版 日本国語大辞典

シェリダン
(Richard Brinsley Sheridan リチャード=ブリンズリー━) イギリスの喜劇作家。たくみな性格描写で典型的なイギリス喜劇をつくった。処女作「恋がたき」で成功。代表作「悪口学校」「批評家」。(一七五一‐一八一六

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