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ザグレブ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

ザグレブ
Zagreb
クロアチア首都。同国中部,ドナウ川の支流サバ川左岸に位置する。 1093年カトリック司教区設立。 1242年にはハンガリー王ベラ4世のもとで自治都市となり,クロアチアにおける有数の都市として栄えた。オーストリア=ハンガリー帝国支配時代以降は,常にクロアチアの政治の中心となってきた。ヨーロッパ中西部と,バルカン半島アドリア海を結ぶ交通の要地を占め,鉄道,幹線道路が集まるほか大空港もある。金属,電機,農機,化学繊維石油精製などの諸工業が立地し,クロアチア第1の工業都市となっており,大学,博物館,美術館,音楽院,劇場などの文化施設も多い。また丘の上の旧市街には,ゴシック様式バロック様式聖堂をはじめ,修道院,豪邸など 13~15世紀頃の建築物が残り,広場,公園の多い美しい町としても知られ,小ウィーンの呼び名もある。人口 68万6568(2011)。

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デジタル大辞泉

ザグレブ(Zagreb)
クロアチア共和国の首都。機械・金属工業が発達。オーストリア帝国時代はアグラムといった。人口、行政区69万(2001)。

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世界大百科事典 第2版

ザグレブ【Zagreb】
ユーゴスラビア北西部,クロアチア共和国の首都。ドイツ名アグラムAgram。人口86万8000(1991)。クロアチアの政治・経済・文化の中心地で,工業生産高では旧ユーゴスラビアで第1位であった。サバ河畔にあり,ハンガリー盆地の西端とディナル・アルプス山脈東端に接する位置を占めて,古くから南東ヨーロッパへの交通の要であった。 先史時代の住居跡,ローマ時代の宿営地跡,中世前期の遺跡が発掘されている。1094年,司教座を得て現在のカプトル地区が発展し,西隣するグラデッツも独自の町へ成長していた。

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大辞林 第三版

ザグレブ【Zagreb】
クロアチア共和国の首都。ドナウ川の支流サーバ川に臨み、機械・化学などの工業が発達。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

ザグレブ
ざぐれぶ
Zagreb
クロアチア共和国の首都。オーストリア名アーグラムAgram。クロアチア北西部、サバ川河畔のメドベドニツァMedvednica丘陵の斜面に位置する。ザZaは後方、グレブgrebは丘陵の意。クロアチア第一の都市で、人口77万9145(2001)。中部ヨーロッパや南東ヨーロッパとアドリア海岸とを結ぶ鉄道、道路の要所であり、国際空港がある。旧ユーゴスラビアの近代工業の中心地で、全国の工業生産の約10%をあげていた。とくに機械、金属、電気、化学工業が盛んで、かつてのユーゴでも最大級であった電気機器工場がある。サバ川河畔には国際見本市の会場もある。また、科学芸術アカデミー、総合大学、音楽大学、美術大学、原子力研究所など、教育・研究施設も多い。[漆原和子]

歴史

1094年に司教座が置かれ、1242年タタール人の侵入後、グラデッツGradec(現在の上町地区)が王国自由都市となり、要塞(ようさい)が築かれた。この地区にはゴシック様式の聖マルコ教会、バロック様式の聖カタリナ寺院、ネオ・クラシックのドラスコビツ城がある。また、カプトルKaptol地区には1466年以後、防御の濠(ほり)が巡らされ、この地区には13世紀のフレスコ画のある聖具安置所やゴシック様式の大聖堂を伴った聖ステファン寺院がある。1830年代には南スラブの統一とクロアチアの自治独立運動の中心的都市となり、文学者、政治家のガイが運動を主導した。運動に強い思想的影響を及ぼした司教シュトロスマイエルは、ユーゴスラビア科学・芸術アカデミー(1867)やザグレブ大学(1874)の創設にも加わった。1880年地震にみまわれ、以後、近代都市に生まれかわった。1918年にはセルビア人、クロアチア人、スロベニア人の統一を目ざした国民評議会がザグレブに設立され、単一国家結成の決議がなされた。1941~45年のクロアチア独立国樹立の際にはその首都となった。その後旧ユーゴスラビアに属していたが、1991年クロアチアは独立した。[漆原和子]

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精選版 日本国語大辞典

ザグレブ
(Zagreb) クロアチア共和国の首都。旧ユーゴスラビア第二の都市。古くから文化が進み、一三~一五世紀創建の聖ステファン寺院や科学芸術アカデミーなどがある。

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