Rakuten infoseek

辞書

カーター

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

カーター
Carter, Elizabeth
[生]1717.12.6. ケントディール
[没]1806.2.19. ロンドン
イギリスの文芸愛好家でいわゆる「ブルーストッキング」の一員。小説家 S.リチャードソンや S.ジョンソンの友人であった。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

カーター
Carter, Howard
[生]1873.5.9. ノーフォーク
[没]1939.3.2. ロンドン
イギリスのエジプト考古学者。初め製図者としてエジプトに入り,いくつもの発掘に参加したのち,1899年エジプト古物局首席鑑査官となり,1908年テーベの王陵発掘を企画したカーナーボン卿に認められて,08~12年テーベ西方地帯を調査,19~21年王陵の谷を調査。 22年 11月4日ラムセス6世の下方未知の石壁を発見,11月 22日ついにトゥトアンクアメンの完璧に保存された岩窟墓を掘りあて,多くの財宝を発見して,斯界にセンセーショナルな話題を提供した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

カーター
Carter, James Earl, Jr.
[生]1924.10.1. ジョージア,プレーンズ
アメリカの政治家。第 39代大統領(在任 1977~81) 。ジョージアサウスウエスタン大学,ジョージア工科大学で学び,1946年海軍兵学校卒業。 46~53年海軍勤務ののち家業のピーナッツ農場を継いだが,62年ジョージア州議会上院議員として政界に入り,70年同州知事選挙に当選。しかし1期で知事を辞任,各州を遊説するなどの地道な選挙運動の結果,76年に民主党の大統領候補の指名を獲得,共和党の G.フォードを破って当選する。エネルギー対策や「人権外交」などの面で積極的な政策を打出した。 80年大統領選挙再選をねらったが,在テヘラン・アメリカ大使館員等人質事件不手際などで支持を失い,共和党の R.レーガン候補に大敗した。 82年に非政府組織「カーターセンター」を設立し,平和,自由,人権を掲げて国際的に活動を展開。 2002年国際紛争の平和的解決に尽力し民主主義と人権の発展に貢献したとの理由で,ノーベル平和賞を受賞した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

カーター
Carter, Leslie
[生]1862.6.10.
[没]1937.11.13.
アメリカの女優。本名 Caroline Louise Dudley。 D.ベラスコ演出の『メリーランドの心』 (1895) でスターとなり,長年彼の作品に出演。 A.W.ピネロの『第二のタンカレー夫人』でも好評を博した。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

カーター
Carter, Benny
[生]1907.8.8. ニューヨーク,ニューヨーク
[没]2003.7.12. カリフォルニア,ロサンゼルス
アメリカ合衆国のジャズ・ミュージシャン,作曲家。本名 Bennett Lester Carter。ジャズの巨匠として知られ,スイング時代に編曲者としてビッグ・バンドのスタイルを確立した先駆者。澄んだ音色と優雅な旋律と流麗な演奏が特徴のアルト・サクソフォーン奏者でもあった。作曲・編曲を行なうかたわら一流バンドでソリストを務め,1932~34年にはみずからのビッグ・バンドを率いた。1935~38年にヨーロッパのバンドに参加し,スイングの全盛期に帰国してビッグ・バンドを結成。1943年に初めて映画『ストーミー・ウェザー』の音楽を作曲した。その後,映画音楽,テレビ音楽の作曲を手がけ,たまにソロ演奏を行なうなどした。カウント・ベーシー楽団,ペギー・リー,エラ・フィッツジェラルドらにも曲を提供した。ハリウッドで活躍した初のアフリカ系アメリカ人作曲家の一人。2000年ナショナル・メダル・オブ・アーツを受けた。(→ビッグ・バンド・ジャズ

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

カーター
Carter, Elliott
[生]1908.12.11. ニューヨーク,ニューヨーク
[没]2012.11.5. ニューヨーク,ニューヨーク
アメリカ合衆国の作曲家。フルネーム Elliot Cook Carter, Jr.。メトリック・モジュレーションと呼ばれる斬新なポリリズム(複リズム)の原理で音楽に変革をもたらした。作曲家チャールズ・E.アイブズとの出会いを契機に音楽に興味をもつ。1926~32年ハーバード大学で学び,パリに渡ってナディア・ブーランジェに師事,1933年から本格的に作曲を始めた。初期の代表曲は『交響曲第1番』(1942)など。音楽作法の転換点となった『ピアノ・ソナタ』(1945~46)で複雑な対位法を用い,『チェロ・ソナタ』(1948)でメトリック・モジュレーションを確立した。この緻密に織り合わされた対位法は『弦楽四重奏第1番』(1951)で完成し,カーターを代表するスタイルとなった。『オーケストラのための変奏曲』(1954~55)は音程と強弱法への取り組みにつながっていった。ほかに,『オーボエ協奏曲』(1987),『チェロ協奏曲』(2001)など。100歳を過ぎても創作活動を続けた。1960年と 1973年にピュリッツァー賞を受賞,1985年に作曲家として初めてナショナル・メダル・オブ・アーツを授与された。

出典:ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典
Copyright (c) 2014 Britannica Japan Co., Ltd. All rights reserved.
それぞれの記述は執筆時点でのもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

世界大百科事典 第2版

カーター【Elliott Cook Carter】
1908‐
アメリカの作曲家。ハーバード大学でピストンらに学んだ後,渡仏し,パリでブーランジェに師事する。作風は両大戦間の大勢である新古典主義を踏襲するもので,作品もバレエやオーケストラ作品が多い。評論や教育でもアメリカ音楽界としては重要な存在であり,技法的には,とくにリズムとテンポを多層的に重ねて表現を創ることにすぐれている。【武田 明倫】

出典:株式会社平凡社
Copyright (c) Heibonsha Limited, Publishers, Tokyo. All rights reserved.

旺文社世界史事典 三訂版

カーター
James Carter
1924〜  
アメリカの第39代大統領(在任1977〜81)
ジョージア州の農家に生まれ,工科大学をへて海軍士官学校を卒業。1962年上院議員となり,70年州知事に当選。1976年11月の大統領選挙では,民主党の候補として共和党のフォード大統領を破り当選した。“人権外交”を提唱。1979年に中東和平を仲介,中国との国交を実現したが,一方でイランのアメリカ大使館占拠事件の解決に失敗。またソ連アフガニスタン侵攻に強硬策をとるが,国民の信頼を失い,1980年の大統領選挙で共和党のレーガンに敗北

出典:旺文社世界史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
小豆畑和之 石井栄二 今泉博 仮屋園巌 津野田興一 三木健詞
 
Copyright Obunsha Co.,Ltd. All Rights Reserved.
それぞれの項目は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

カーター」の用語解説はコトバンクが提供しています。

カーターの関連情報

関連キーワード

三宝備後国ラフィトー三子三筆四象抜・貫鋸草ぼんぼり回・廻・周

他サービスで検索

(C)The Asahi Shimbun Company /VOYAGE MARKETING, Inc. All rights reserved.
No reproduction or republication without written permission.