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カタコンベ

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

カタコンベ
catacumbae; catacombs
カタコームとも呼ばれる。地下墓所。本来ローマの聖地セバスチアン教会の地下墓所をさしたが,のちに普遍化された。地下墓所は異教やユダヤ教でも使用され,各地にみられるが,特にローマの大規模なカタコンベは初期キリスト教の遺跡として有名で 35ヵ所,総延長 560kmに及ぶ。ほかにナポリ,シラクサ,マルタ,アレクサンドリアなどにも存在する。帝政期のたびたびの迫害時にも官憲が破壊しなかったため,キリスト教徒の礼拝の場となった。部屋は縦横に廊下でつながれ,食卓型の墓を有した。数多く残された壁画は古代異教美術と中世キリスト教美術の移り変りをみるうえから重要。キリスト教徒は,異教的題材を用いつつキリスト教的な意味を象徴しようとしており,特にイエスの象徴として魚をしばしば描いている。その他礼拝の跡を示す文字,道具がみられる。キリスト教の公認後,地下の埋葬が行われなくなり,カタコンベは巡礼所となった。

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デジタル大辞泉

カタコンベ(〈フランス〉catacombes)

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世界大百科事典 第2版

カタコンベ【catacombae[ラテン]】
初期キリスト教時代の地下墓所。異教徒あるいはユダヤ教徒のものもあるが,とくにキリスト教徒のものを指す。本来ローマ郊外の聖セバスティアヌスの地下墓所を指した〈アド・カタクンバスad catacumbas〉(〈くぼ地のそば〉の意)に由来する言葉である。古代ローマの埋葬形式は2世紀前半に火葬から土葬形式に移り,地上の墓地のほかに,小規模の地下墓室であるヒュポゲウムhypogeumや,地下に広範囲に通廊で連結した墓室をもつカタコンベ形式の墓所があった。

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大辞林 第三版

カタコンベ【catacombe】
古代キリスト教徒の地下墓地。迫害時には礼拝所としても使用された。魚をキリストの象徴に用いるなど、壁画や石棺は美術史上重要。カタコンブ。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

カタコンベ
かたこんべ
catacumbaラテン語
古代キリスト教徒の地下墓所。ギリシア語カタキュムバス(「窪地(くぼち)の傍ら」の意)に由来。ローマにある窪地の古い地名であったが、そこに建てられた聖セバスチャン教会の地下墓所の名前となり、さらに、これと同様な古代のキリスト教徒の地下墓所をもさすようになった。初めは家族墓所だけであったが、3世紀以前に信者共同の墓所も設けられたようである。しかし地下に墓所をつくる慣習はユダヤ教その他の宗教においても行われていた。カタコンベはナポリ、シチリア、北アフリカ、小アジアなど古代ローマ世界の諸所に広がっている。なかでもローマではもっとも大規模なカタコンベが発見された。市内での埋葬は法律で禁じられていたので、カタコンベは郊外に(多くの場合、広い道路に沿って)つくられている。ローマで発見された最古のカタコンベは1世紀にさかのぼる。加工が容易で耐久性の強い火山灰の地質がカタコンベに適していたからであろう。幅約1メートル、高さ2~3メートルの通廊(つうろう)の壁に、長方形あるいは上部が半円形の壁龕(へきがん)をつくり、そこに遺体を安置し、れんがまたは大理石板でふさぎ、石灰で密閉する。そこには死者の名前、年齢、死亡の日などのほかに、ときには象徴的な絵や祝福のことばが刻まれている。通廊の所々に壁龕のついた四角な墓室が設けられ、儀式や会食にも使われた。壁沿いに石造りの腰掛が置かれ、墓室や通廊には採光、通風のために縦穴(たてあな)もあけられている。大きなカタコンベは通廊が縦横に網の目のように走り、5層からなるものもある。迫害されていたキリスト教徒がカタコンベを礼拝の場として用いたということは、事実ではないらしい。しかしカタコンベでは死者、とくに殉教者を記念する礼拝が行われた。4世紀には殉教者への崇敬が高まるにつれ、その墓に記念碑的墓銘(ぼめい)を取り付けたり、通廊を広げるなどして、カタコンベの改修がなされた。5世紀中葉からカタコンベへの埋葬は行われなくなり、8世紀には殉教者の遺骸(いがい)は都市の教会に移された。それ以後カタコンベはほとんど忘れられてしまったが、16世紀に至り発掘と研究が開始された。その壁画は、初期のころは古代神話の形姿や田園風景などを題材としているが(4世紀になると聖書の場面が数多く描かれる)、そこには、羊や魚をもってキリストを表すような、キリスト教的象徴がみられる。初期キリスト教美術を示すものとしても興味深い。[川島貞雄]

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精選版 日本国語大辞典

カタコンベ
〘名〙 (catacombe catacomba の複数形) 初期キリスト教徒が地下につくった長廊式の共同墓地。天井や壁面に壁画や文様をのこし、美術史的にも重要である。ローマのアッピア街道にあるものは特に有名。カタコンブ。

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