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エリツィン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

エリツィン
Yeltsin, Boris
[生]1931.2.1. スベルドロフスク
[没]2007.4.23. モスクワ
ロシアの政治家。フルネーム Boris Nikolaevich Yeltsin。 1955年ウラル工科大学卒業。 1961年ソビエト連邦共産党 (ソ連共産党 ) に入党。 1976~85年スベルドロフスク州党委員会第1書記,1981年ソ連共産党中央委員,1985年7月ソ連共産党中央委員会書記,12月モスクワ市共産党第1書記に就任。 1986年政治局員候補となったが,1987年エゴル・K.リガチョーフ,ミハイル・ゴルバチョフを批判し解任。 1989年3月人民代議員に当選し (→人民代議員大会 ) ,7月ソ連共産党離党。 1990~91年ロシア共和国最高会議議長を務めた。 1991年6月国民の直接選挙によりロシア共和国大統領に当選。 1991年8月の8月クーデターの阻止に成功,12月独立国家共同体 CISを結成し,ソ連の消滅を宣言した。 1993年9月人民代議員大会,最高会議解散令発布,10月これに反対して最高会議ビルを占拠したアレクサンドル・V.ルツコイ副大統領,ルスラン・I.ハズブラートフ最高会議議長らの勢力を武力鎮圧した (→10月政変 ) 。 1994年 12月チェチェン共和国の分離独立の動きに対し,軍事制圧をはかった (→チェチェン紛争 ) 。 1996年7月大統領選挙で再選。 1998年8月金融危機に直面すると,国内の人気は低迷,議会との対立が続き,数回にわたり首相を解任した。 1999年 12月ウラジーミル・V.プーチン首相を大統領代行に任命し引退。日本との関係では,1993年と 1997年に訪日,北方4島の帰属問題の解決に尽力したが,平和条約締結にはいたらなかった。

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デジタル大辞泉

エリツィン(Boris Nikolaevich El'tsin)
[1931~2007]ロシア連邦の政治家。モスクワ市共産党第一書記、ロシア共和国最高会議議長などを歴任。1991年、国民投票によりロシア連邦初代大統領に就任。→プーチン

出典:小学館
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日本大百科全書(ニッポニカ)

エリツィン
えりつぃん
Борис Николаевич Ельцин Boris Nikolaevich Yeltsin
(1931―2007)
ロシアの政治家。1931年2月1日ロシア連邦スベルドロフスク州タリツァ地区ブトカ村の農家に生まれる。1955年ウラル工科大学建築科を卒業して建設企業に就職し、1968年までに建設企業支配人となる。この間1961年にソ連邦共産党に入党していたが、1968年にソ連邦共産党スベルドロフスク州委員会建設部長として党専従となる。1976年11月に同州党委員会第一書記に昇進。1985年4月同党中央委員会建設部長としてモスクワ政界入りし、1985年12月同党モスクワ市委員会第一書記、1986年2月同党中央委員会政治局員候補に就任し、ソ連邦共産党書記長ゴルバチョフのペレストロイカ政策のもとで改革派の旗手となるが、1987年11月保守派に破れて党幹部を辞任。その後、1989年3月にソ連人民代議員に、また1990年3月にはロシア人民代議員に当選して政界に復帰。1990年5月にロシア最高会議議長に就任。1990年7月ソ連邦共産党を離党。1991年6月12日ロシア連邦初代大統領に当選した。1991年8月のクーデターを鎮圧、1991年12月ソ連邦解体・CIS(独立国家共同体)創設を宣言した。その後、エリツィンは、ロシア連邦の市場経済改革を推進するとともに、1993年12月には新憲法を制定するなど、新生ロシア国家の基礎を築いた。1996年7月の大統領選挙でロシア連邦共産党議長ジュガーノフを破って再選された(決選投票での得票率53.83%)。なお、再選前年の1995年7月、10月と二度にわたり虚血性心疾患が原因と見られる入院を繰り返し、再選後の1996年11月には心臓手術を受けている。対日関係に関しては、1993年(平成5)10月、ロシア元首として初来日し、シベリア抑留日本人捕虜に対する非人道的行為について謝罪するとともに、当時の首相細川護熙(もりひろ)らと会談し、
(1)双方が択捉(えとろふ)島、国後(くなしり)島、色丹(しこたん)島および歯舞(はぼまい)群島の帰属問題について真剣な交渉を行ったこと
(2)双方が領土問題を両国合意の上で作成された諸文書および法と正義に基づいて解決し、平和条約を早期に締結するよう交渉を継続すること
(3)日ソ間のすべての条約その他の国際約束は引き続き日ロ両国に適用されること
などを確認する「東京宣言」、貿易経済分野および科学技術の分野における協力について述べた「経済宣言」などに調印した。また、1997年11月、クラスノヤルスクで、当時の首相橋本龍太郎と初の非公式会談を行い、両国経済関係の発展に関する「橋本エリツィン・プラン」を作成し、さらに1993年の「東京宣言」に基づき2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くすことで合意した(2009年時点で未締結)。橋本首相との非公式会談は、1998年4月、静岡県伊東市川奈でも行われた。
 1998年3月チェルノムイルジン首相ら全閣僚を解任し、若手改革派のキリエンコを首相代行兼第一副首相に任命(のち首相に就任)した。1998年8月、キリエンコら全閣僚を解任し、ふたたびチェルノムイルジンを首相代行に任命したものの下院で否決され、9月プリマコフ元外相を首相に任命した。10月より病気療養のため休暇に入り、その後入退院を繰り返した。1999年になると、政治、経済に混乱をきたした責任を問うということで大統領弾劾の動きが出てきたが、それに対抗するためにエリツィンは5月にプリマコフ首相を解任、ステパシン第一副首相を首相に任命した。大統領弾劾は下院で否決されたものの、政治的混乱が続き、8月にはステパシンをも解任し、プーチン連邦保安局長官を首相に任命し、同時に大統領の後継に指名した。さらに12月には大統領を辞任し、プーチン首相を大統領代行にすえた。
 晩年は政界から引退。2007年4月23日心臓衰弱による多臓器不全により死去。葬儀は4月25日に救世主キリスト大聖堂で行われ、プーチンはこの日を「国民服喪の日」にすると表明した。遺体はノボデビッチ修道院の墓地に埋葬された。[上野俊彦]
『B・エリツィン著、小笠原豊樹訳『告白』(1990・草思社) ▽B・エリツィン著、中沢孝之訳『エリツィンの手記上・下』(1994・同朋舎出版) ▽B・エリツィン著、網屋慎哉・桃井健司訳『ボリス・エリツィン最後の証言』(2004・NCコミュニケーションズ、日中出版発売) ▽J・モリソン著、赤井照久訳『ボリス・エリツィン』(1992・ダイヤモンド社) ▽M・ゴルシコフ著、佐藤利郎・村田優訳『エリツィンとゴルバチョフ』(1993・新評論) ▽横手慎二他著『CIS(旧ソ連地域)』(1995・自由国民社) ▽木村汎著『ボリス・エリツィン――一ロシア政治家の軌跡』(1997・丸善) ▽中沢孝之著、ユーラシア・ブックレット編集委員会編『エリツィンからプーチンへ』(2000・東洋書店) ▽下斗米伸夫編『ロシア変動の構図――エリツィンからプーチンへ』(2001・法政大学出版局)』

出典:小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)
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旺文社世界史事典 三訂版

エリツィン
Boris Nikolaevich Elitsin
1931〜  
ロシア連邦大統領(在任1991〜2000)
書記長時代のゴルバチョフによってモスクワ市委員会第一書記に抜擢され改革に着手するが,のちにゴルバチョフとも対立,1987年には第一書記を解任された。しかし民衆の支持を受け,1991年にはロシア大統領に選出された。同年ゴルバチョフに対するクーデタが発生すると,クーデタを鎮圧し,共産党を解体させた。その後独立国家共同体(CIS)が誕生すると,事実上の最高指導者となった。1993年ルツコイ副大統領と反エリツィン派の議員がモスクワの最高会議ビルを占拠すると,軍を動かし鎮圧。同年議会を解散し,議会に対する大統領の優位を定めた新憲法を成立させた。1994年にはチェチェンに対し軍事介入を行い,国際的な批判を浴び,さらに国内経済の低迷,共産主義・民族主義の台頭など不安定要因を抱えた。2000年彼に代わってプーチンが大統領に選出された。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
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