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イデア

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

イデア
idea; Idee; idée
語源的にはギリシア語の「見る,知る」という味の動詞 eidōの変化形 ideinによる。ギリシア語の日常的用法では「見えているもの,姿,形」の意。ピタゴラス学派では,感性的な図形と区別された図形の本質そのものを意味した。プラトンの対話篇では,ソクラテスの定義運動で確認された,物それ自体としての存在,すなわち,もろもろの感覚的存在を超越し,ただ思惟によってのみ把握されうる自己同一的な存在としての真実在をイデアと呼んだ。これはエイドスとともにプラトン哲学の中心概念の一つである。このように,いわば客観的実在として考えられていたイデアは,中世以後次第に精神内容,意識内容として解されるようになった。現代語のイデーアイディアは理想,理念観念などと訳され,プラトン的イデアとはほとんど無縁になっている。

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デジタル大辞泉

イデア(〈ギリシャ〉idea)
《見られたもの、知られたもの、姿、形の意》プラトン哲学で、時空を超越した非物体的、絶対的な永遠の実在。感覚的世界の個物原型とされ、純粋な理性的思考によって認識できるとされる。中世のキリスト教神学では諸物の原型として神の中に存在するとされ、近世になると観念や理念の意で用いられるようになった。

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世界大百科事典 第2版

イデア【idea】
もともとは動詞idein(見る)に対応して〈みめ〉〈姿〉〈形〉を意味するギリシア語。プラトン哲学において〈エイドスeidos〉(この語も同根同義)とともに〈真実在〉を指すのに用いられ,これに関するプラトンの学説がイデア論と呼ばれる。ただし,〈イデア〉や〈エイドス〉がその意味での哲学用語として固定化されたのはアリストテレス以降のことであり,プラトン自身は専門用語として統一的に使用しているわけではない。

出典:株式会社平凡社
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大辞林 第三版

イデア【idea】
見られたもの、知られたもの、姿、形の意
プラトン哲学の中心概念。個々の事物をそのものたらしめている根拠である真の実在。例えば、個々の人間は人間のイデアに与あずかることによって人間であるとされる。中世においては創造者である神のうちにある万物の原型として捉えられ、近世では人間の意識内容としての観念(アイデア)、また理念などの意義をもつに至る。

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日本大百科全書(ニッポニカ)

イデア
いであ
ideaギリシア語
プラトン哲学の用語。「見ること」を意味する動詞イデーンideinの派生語で、本来は「見られたもの」、形、姿、さらに物の形式や種類をも意味した。
 プラトン哲学では、肉体の目によってではなく、魂の目によって見られる形を意味する。日常の生の流れのなかでわれわれのかかわる個別の感覚事物や、われわれのなす個別の行為は、それらをそのもの自体として切り離してみるとき、いずれも、ある観点からみれば美しく、正しいものであっても、他の観点からみれば醜く、不正なものとして現れてもくるが、イデアはいかなる観点からみても、たとえば、「美のイデア」についてはそれはいつも美しく、「正のイデア」についてはそれはいつも正しい。個別の感覚事物、個別の行為のもつ多姿性(それぞれが多様な、かつ、反対の述語を受け入れうること)に対して、イデアのもつ単姿性、単一性がその特性である。イデアとのかかわりによって魂のうちにおける理性の「視」が成り立つと考えられる。そこで、個別の事物が美しいものであり、正しいものであるとすれば、それは、これらのものがそのもの自体として美または正であることによってではなく、それらが「美」または「正」のイデアを分有することによってであるとされた(分有説)。また、絶えず流動変化していると見える世界は、イデアにのっとり、イデアを範型として形成されるとも語られた(範型説)。さらに、このようなイデアの知は魂の本然の生のうちにすでに与えられているものであり、それが日常の生のうちでは忘却されているが、感覚される事物のうちにこれと似たものを見ることによって想起されてくるのだともされた(想起説)。こうして、イデアは、魂がその本然のあり方(=真)を回復しようとしておこす愛知(=哲学)の運動をその端初と終端において限定して、愛知の運動を成り立たせるものである。「美のイデア」「正のイデア」はこういうイデアの典型である。しかしプラトンの著作のなかには、ほかに「等」「大」「小」というような形式的または数学的な事柄、また「敬虔(けいけん)」「節制」というような倫理的な事柄、さらに「寝台」というような人工物についても、イデアが語られている。そこで、「プラトンのイデアを何であると考えるか」は、学者の論争の的となっている。
 イデアは多くの場合、「そのもの」ということばを付して、たとえば、「美そのもの」「等そのもの」というように用いられる。そこで、普遍的な名辞があるとき、その名辞の意味する普遍者がイデアであると考えられることがある。これは、プラトンの弟子アリストテレスが、イデアの説を批判するときにとった解釈であるが、その後も踏襲され、イデアは普遍概念の実体化であるとか、概念実在論であるとか、という非難が浴びせられてきたのである。
 しかし、イデア論の真義は、ソクラテスの愛知のうちにその淵源(えんげん)をもつと考えられる。ソクラテスにおいて人間的な知恵の唯一のあり方は、人間にとっての最大事を問うことの内にあるが、この問いは、この最大事がまだ知られていないと知る根源的な問いかけであるが、この最大事へとかかわる愛知の探求をその端初において限定するものが個々のイデアであり、このかかわりの全体性を終端として根拠づけるものが「善のイデア」である。こうして、イデアとは、愛知の道行きにおいて、問いを問わせている根源として示現してくるものであり、問うものの存在を含めて、この世界いっさいの存在を問い返してくる根源そのものの示現の姿なのである。[加藤信朗]

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精選版 日本国語大辞典

イデア
〘名〙 (idea)
① プラトン哲学で、事物の本質、価値の範型をさし、いっさいの存在と認識の根拠とされた。超越的原理。
※文学論(1926)〈竹友藻風〉二「プラトンのイデアは心眼に依って見た『形』である」
② 理念。観念。イデー。
※どちりなきりしたん(一六〇〇年版)(1600)六「でうすの御ふんべつのうちには御さくのもののたいは一もなしといへども、それそれのしょさうこもり玉ふなり、これをいであといふなり」

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