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アンダーソン

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典

アンダーソン
Anderson, Carl David
[生]1905.9.3. ニューヨーク
[没]1991.1.11. カリフォルニア,サンマリノ
アメリカの物理学者。カリフォルニア工科大学に学び,1930年学位を取得。同大学教授 (1939) 。 30年ウィルソン霧箱を磁場中に配置して,γ線と宇宙線の研究に着手。その研究中に 32年 P.ディラックが数年前に予言していた陽電子発見。これは反物質が実験的に確証された最初のケースであった。 37年同じく宇宙線研究中に,湯川秀樹の予言したμ粒子を発見。 36年 V.ヘスとともにノーベル物理学賞を受賞した。

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アンダーソン
Anderson, Elizabeth Garrett
[生]1836.6.9. オールドバラ
[没]1917.12.17. オールドバラ
イギリスの女医の草分け。女子医学校の創始者。女子の医学校入学が認められなかったため,1865年,ロンドンで薬剤師の資格を得てセントメアリー施療院の薬局に入る。さらに婦人病院(のちに彼女の名前をとってエリザベス・ギャレット・アンダーソン病院と改称)に移り,そこで女子の医学教育を始めた。アンダーソン自身はフランスのパリ大学で 1870年に医師資格を得た。1908年,オールドバラでイギリス初の女性市長となり,女性参政権運動にも活躍した。

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アンダーソン
Anderson, James
[生]1739. エディンバラ
[没]1808.10.15. エセックス,ウェストハム
スコットランドの篤農家,経済学者。実際に農業経営に従事し,穀物条例,穀価,移民,酪農など農業問題に関する多数の著書を公刊。地代の起源が土地の肥沃度にあることを説き,D.リカードや T.R.マルサス差額地代論の基礎を提供したことでも著名。 1780年アバディーン大学より名誉博士号を受ける。主著"An Inquiry into the Nature of the Corn-Laws" (1777) 。

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アンダーソン
Anderson, John
[生]1893. スコットランド
[没]1962
オーストラリアの哲学者。グラスゴー大学に学んだ。カーディフ,グラスゴー,エディンバラ各大学で講じたのち,1927年オーストラリアのシドニー大学哲学教授。最初,絶対的観念論立場に立ったが,のち W.ジェームズ,S.アレクサンダーらの新実在論から影響を受け,実在論の立場に立った。オーストラリア哲学の形成に大きな貢献を果した。主著『経験論的哲学研究』 Studies in Empirical Philosophy (1962) 。

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アンダーソン
Anderson, Dame Judith
[生]1898.2.10. アデレード
[没]1992.1.3. カリフォルニア,サンタバーバラ
オーストラリア生れ,アメリカの女優。本名 Frances Margaret。シドニーでデビュー。 1918年以後ニューヨークで活躍。 J.ギールグッド主演の『ハムレット』の王妃 (1936) ,L.オリビエと共演した『マクベス』のマクベス夫人 (37) ,エウリピデスの原作を R.ジェファーズが脚色しギールグッドが演出した『メデイア』 (47) の演技が有名。 60年,イギリス女王からデイムの称号を受けた。

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アンダーソン
Anderson, Leroy
[生]1908.6.29. マサチューセッツケンブリッジ
[没]1975.5.18. ウッドベリー
アメリカの作曲家。ボストンニューイングランド音楽院を経て,1929年ハーバード大学を卒業。 29~35年ミルトンのオルガン奏者をつとめ,ラドクリフ・カレッジで教える。セミクラシック音楽大家で,多数の軽音楽の作品がある。

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アンダーソン
Anderson, Lindsay
[生]1923.4.17. インド,バンガロール
[没]1994.8.30. フランス
イギリスの映画監督,映画批評家。記録映画監督として 1956年からのフリー・シネマ運動に参加。記録映画『ロンドン夜明け前』 Every Day Except Christmas (1957) などの秀作を発表,62年からは記録映画的手法を取入れた劇映画を発表し,国際的にも高く評価されている。 60年代イギリスの「怒れる若者たち」を代表する監督。代表作『孤独の報酬』 This Sporting Life (63) ,『ifもしも…』 If… (68,カンヌ国際映画祭グランプリ) ,『八月の』 The whales of August (87) 。

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アンダーソン
Anderson, Marian
[生]1897.2.27. /1902.2.17. アメリカ,ペンシルバニア,フィラデルフィア
[没]1993.4.8. アメリカ,オレゴン,ポートランド
アメリカの黒人アルト歌手。 1925年ニューヨークの新人コンクール1位。 35年ザルツブルクでトスカニーニに「100年に1人の美声」と激賞される。 39年アメリカ愛国婦人会により人種的偏見からワシントン D.C.のホールで公演を拒否されたが,E.ルーズベルトを含む市民の運動に支援され,代ってリンカーン・メモリアルで開かれた野外コンサートには7万 5000人の聴衆を集めた。 55年,黒人歌手として初めてメトロポリタン歌劇場に登場。広いレパートリーを誇る。 53年来日。 65年惜しまれつつ引退した。

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アンダーソン
Anderson, Mary
[生]1859.7.28. カリフォルニアサクラメント
[没]1940.5.29. ウースターシャー,ブロードウェー
アメリカの女優。 16歳でジュリエット役でデビュー。ロンドンやストラトフォードでもシェークスピア劇に出演。『冬物語』のパーディタとハーマイオニを1人2役で演じた最初の女優としても知られる。著書に『思い出の記』A Few Memories (1896) ,『続・思い出の記』A Few More Memories (1936) がある。

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アンダーソン
Anderson, Maxwell
[生]1888.12.15. ペンシルバニア,アトランティックシティー
[没]1959.2.28. コネティカット,スタンフォード
アメリカの劇作家,詩人。ノースダコタ大学卒業後,スタンフォード大学修士課程修了。教師,ジャーナリストを経たのち『白い砂漠』 White Desert (1923) を発表,これは失敗作であったが,ロレンス・ストーリングズとの合作による戦争劇『栄光なにするものぞ』 What Price Glory? (24) の大胆な用語とリアリスティックな戦争場面によって認められた。若夫婦の結婚生活の危機を描いた喜劇『土曜日の子供たち』 Saturday's Children (27) で好評を得たのち,1930年代にはリアリズムを離れて詩劇に転じ,『エリザベス女王』 Elizabeth the Queen (30) ,『スコットランドのメアリー女王』 Mary of Scotland (33) などすぐれた心理的歴史劇を執筆,さらにサッコ=バンゼッティ事件を題材にした代表作『ウィンターセット』 Winterset (35) を発表した。第2次世界大戦後は『ローレーヌのジョーン』 Joan of Lorraine (46) ,『一千日のアン』 Anne of the Thousand Days (47) など,実験的な手法による歴史劇で成功を収めた。

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アンダーソン
Anderson, Philip Warren
[生]1923.12.13. インディアナポリス
アメリカの物理学者。ハーバード大学卒業 (1943) 。 J.バンブレックに師事し,1949年学位取得。ベル電話研究所入所 (49) 。キャベンディッシュ研究所教授 (67) ,プリンストン大学教授 (75) 。バンブレックの研究をさらに進め,N.F.モットとも協同研究をし,結晶でない物質すなわち「無秩序系」における電子の挙動を明らかにした。この業績により,77年ノーベル物理学賞を受賞。そのほかスペクトル線の形から分子間相互作用の詳細を調べる方法,BCS理論を拡張して超伝導体性質に対する不純物の効果を説明するなど多方面にわたる業績を上げ,非晶質半導体開発の道を開いた。フルブライト交換教授として,東京大学に招かれた (53~54) 。著書に『固体概念』などがある。

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アンダーソン
Anderson,Robert
[生]1805.6.14. ケンタッキールイビル
[没]1871.10.26. フランス,ニース
アメリカ合衆国の軍人。南北戦争緒戦となったサムター要塞攻防戦の際の北軍の守備隊長。南部連合要塞明け渡し要求を拒否したが,1861年4月 12日に攻撃を受け,14日にサムター要塞を明け渡した。

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アンダーソン
Anderson, Robert
[生]1917.4.28. ニューヨーク
アメリカの劇作家寡作であったが,思春期の孤独と成人への儀礼的な手続きを描いた『お茶同情』 Tea and Sympathy (1953) は,1950年代ブロードウェー演劇を代表するヒット作となった。ほかに,ある宿で出会った男女ロマンスを描いた『サイレントナイト,ロンリーナイト』 Silent Night,Lonely Night (59) がある。

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アンダーソン
Anderson, Sherwood
[生]1876.9.13. アメリカ合衆国,オハイオ,カムデン
[没]1941.3.8. パナマ,コロン
アメリカ合衆国の作家。正規の教育はほとんど受けず,さまざまな職業に従事したのちペンキ工場の経営に成功したが,1913年シカゴに移り,いわゆる「シカゴ・ルネサンス」のなかで作家生活に入った。中西部の架空の町を背景とした『ワインズバーグ・オハイオ』Winesburg, Ohio(1919)は,多くの短編が集まって一つの有機的統一を達成するという構成や精神分析を思わせる手法,新鮮で美しいリズムなどによって,従来のプロットを中心とする伝統的手法に抗し,アメリカの短編小説に新生面を開いた。アーネスト・ヘミングウェー,ウィリアム・フォークナーらに影響を与えた。短編集『勝利』The Triumph of the Egg(1921),長編『暗い笑い』Dark Laughter(1925)など多くの作品がある。(→アメリカ文学

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アンダーソン
Andersson, Dan(iel)
[生]1888.4.6. スカットレスベルエット
[没]1920.9.20. ストックホルム
スウェーデンの詩人,小説家。フィンランドに近い森林地帯に生れ,きこり,炭焼きなどをして育った。プロレタリア作家として知られるが,労働の社会問題には触れず,労働における人間性を追究して特異な作風を示した。ストックホルム滞在中に安宿の一室で消毒ガスのため事故死。主著『炭焼き物語』 Kolarhistorier (1914) ,『炭焼きの』 Kolvaktarens visor (15) ,自伝風の小説『三人の宿なし』 De tre hemlösa (18) ,『ダビッド・ラムの家督』 David Ramms arv (19) 。

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アンダーソン
Andersson, Johan Gunnar
[生]1874.7.3. クニスタ
[没]1960.10.29. ストックホルム
スウェーデンの考古学者,地質学者。 1914年北京政府に鉱政顧問として招かれ,中国各地の地質調査を行い,同時に古生物学や考古学的な調査,発掘をした。この間に周口店の北京原人 (→シナントロプス ) の発見や華北の新石器時代遺跡,特に彩陶文化の発掘などに偉大な成果をあげた。 25年帰国し,ストックホルムの極東考古博物館の館長として研究を続け,幾多の論文を発表。その名著黄土地帯』 Children of the Yellow Earth (1934) は中国滞在時の調査概要を記録したもの。

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アンダーソン
Anderson
アメリカ合衆国,インディアナ州中央部の都市。インディアナポリスの北東約 55kmに位置する。町の起源は 1823年。トウモロコシコムギ地帯に属する肥沃な大平原上に立地し,農産物集散地。 86年天然ガスが発見されたのが工業化の契機となった。自動車部品の生産が最も重要な産業。アンダーソン・カレッジ (1917創立) ,博物館があり,市の東約 5kmにあるマウンズ州立公園には,インディアナ州における最大の堡塁がある。人口5万 9459 (1990) 。

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アンダーソン
Anderson
アメリカ合衆国,サウスカロライナ州北西部の都市。ブルーリッジ山脈山麓に位置する。地名は,独立戦争時のこの地方の英雄,R.アンダーソン将軍に由来。サウスカロライナ州のおもな工業都市の一つ。伝統的な繊維工業のほかに,ガラス繊維,金属製品,化学製品,プラスチック製品,ミシンなどの製造工業も行われる。 1898年頃よりセネカ川から長距離送電を受けたために,「電気の町」と呼ばれた。人口2万 6184 (1990) 。

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デジタル大辞泉

アンダーソン(Carl David Anderson)
[1905~1991]米国物理学者陽電子を発見し、1936年、ノーベル物理学賞受賞。また、湯川秀樹の予言した中間子の存在を確認。

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アンダーソン(Johan Gunnar Andersson)
[1874~1960]スウェーデン地質学者・考古学者。中国で地質・古生物を研究し、周口店で北京原人洞窟(どうくつ)遺跡を発見。仰韶(ぎょうしょう)遺跡で新石器時代の彩色土器を発掘。アンデルソン

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アンダーソン(Anderson)
米国インディアナ州中南部の都市。インディアナポリスの北東約50キロメートル、ホワイト川沿いに位置する。トウモロコシ、小麦を産する農業地帯に位置し、農産物の集散地となった。工業団地があり、製造業、食品加工業などが立地。1929年建造のパラマウントシアター、先史時代の墳丘が残るマウンド州立公園がある。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plus

アンダーソン Anderson, William Edwin
1842-1900 イギリスの医師。
1842年12月18日生まれ。明治6年(1873)来日。海軍病院勤務のかたわら,海軍軍医学校でおしえ,脚気(かっけ)を研究。また日本の美術を研究し「日本絵画史」をあらわした。明治13年任期満了で帰国。1900年10月27日死去。57歳。ロンドン出身。セント-トーマス病院医学校卒。著作はほかに「看病要法」。

出典:講談社
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

世界大百科事典 第2版

アンダーソン【Carl David Anderson】
1905‐91
アメリカの実験物理学者。ニューヨーク生れ。カリフォルニア工科大学で学び,1930年にX線による気体からの光電子の放出の研究で学位を取得,33年同大学助教授,39年教授に就任した。R.A.ミリカンに師事し,ウィルソン霜箱を使っての宇宙線の研究に進み,1932年,P.A.M.ディラックが理論的に予言していた陽電子を発見した。翌年には,S.H.ネッダーマイヤーとともにγ線が電子と陽電子の対を創生すること(電子対生成)を検証,37年には,2人は湯川が予言したπ中間子であると考えられた粒子(現在のμ粒子)を宇宙線のウィルソン霜箱飛跡の中で発見した。

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アンダーソン【Johan Gunnar Andersson】
1874‐1960
スウェーデンの地質・考古学者。1906年,スウェーデンの地質学研究所長になり,14年から25年まで,北京の農商部中国地質調査所の鉱政顧問として中国に滞在し,かたわら中国先史考古学を開拓した。この間,河北省周口店洞窟の北京原人の発見,河南省仰韶遺跡の発掘や,甘粛・青海省の彩陶遺跡を紹介した。帰国後,ストックホルム極東古物博物館の主事となり,その報告にこれまでの成果を紹介した。《黄土地帯Children of Yellow Earth》(1934)はその著書として有名である。

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アンダーソン【Marian Anderson】
1897‐1993
アメリカの黒人のアルト歌手。人種差別のため音楽学校に行けず,個人レッスンで学んだ。1925年ニューヨーク・フィルハーモニー主催新人コンクールで1位となってデビュー。30年にはヨーロッパで成功をおさめ,のちにアメリカでも認められるようになった。35年ザルツブルク音楽祭で〈100年に一度の声〉と絶賛したのは協演のトスカニーニである。55年メトロポリタン歌劇場に創立以来初の黒人歌手として,ベルディのオペラ《仮面舞踏会》のウルリカ役に出演。

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アンダーソン【Maxwell Anderson】
1888‐1959
アメリカの劇作家。第1次大戦中のアメリカ兵の生態を描いたL.ストーリングズとの共作《栄光何するものぞ》(1924)で地位を確立。その後,韻文劇に転じ,《女王エリザベス》(1930)など歴史的題材を扱った作品や,サッコ=バンゼッティ事件によった《ウィンタセット》(1935)を発表した。社会や歴史に対する関心が強く,韻文劇再興に熱意を傾けた。【喜志 哲雄】

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アンダーソン【Sherwood Anderson】
1876‐1941
1920年前後の,シカゴを中心として起こった新文学運動,いわゆる〈シカゴ・ルネサンス〉に大きなかかわりをもった小説家。オハイオ州のあまり裕福ではない家に生まれ,各地を転々としながら実業家を志し,30歳ころには一応の成功を収めるが,それから大きな〈回心〉を経験して,シカゴで作家生活に入った。作品は,《オハイオ州ワインズバーグ》(1919),《貧乏白人》(1920),《黒い笑い》(1925)などの小説,《卵の勝利》(1921)などの短編集,《物語作者の物語》(1924)などの自伝的作品,《中西部アメリカの歌》などの詩集と,多種多様にわたってその数も多いが,彼の文学の大きな主題は,産業主義の非人間性に対する直観的な批判であった。

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アンダーソン【James Anderson】
1739‐1808
イギリスにおける科学的農業の先駆者で,差額地代(地代)の発見者として有名。エジンバラ近郊ハーミストンの農家に生まれ,若くして両親に死別しながらも,努力して化学を学び改良農法と農具をとりいれることによって,残された農場の経営に成功した。のちアバディーンに移り,借地農業者として能力を発揮する一方,改良農業に関する著述家としてもしだいに有名になり,1783年以降は文筆活動に専念。多数の著作は,借地関係,穀物法,植民問題から土地改良やスコットランド漁業問題まで多岐にわたる。

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あんだそん【アンダーソン】

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大辞林 第三版

アンダーソン【Anderson】
Carl David A. 1905~1991 アメリカの原子物理学者。霧箱による宇宙線の観測で陽電子を発見してディラックの予言を確認、次いで中間子を発見して湯川秀樹の予想を実験的に確認した。 μ 中間子の自然崩壊で電子とニュートリノが生成することも発見。
Marian A. 1902~1993 アメリカの声楽家。美声とレパートリーの広さで知られ、黒人歌手として初めてメトロポリタン歌劇場と契約を結ぶ。
Maxwell A. 1888~1959 アメリカの劇作家。社会的問題を中心とした戯曲を発表。作「栄光なんぞ」「上院も下院も」など。
Sherwood A. 1876~1941 アメリカの小説家。非人間化の途をたどる文明への批判を、庶民の生活や心理の中に描く。代表作「オハイオ州ワインズバーグ」

出典:三省堂
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アンダーソン【Andersson】

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367日誕生日大事典

アンダーソン
生年月日:1922年10月19日
アメリカの評論家
2005年

出典:日外アソシエーツ「367日誕生日大事典」
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精選版 日本国語大辞典

アンダーソン
[一] (Carl David Anderson カール=デービッド━) アメリカの物理学者。一九三二年「ウイルソンの霧箱」で宇宙線粒子を観測中、陽電子を発見。三六年、ノーベル物理学賞を受賞。三七年には中間子の存在を確認した。(一九〇五‐九一
[二] (Johan Gunnar Andersson ヨハン=グナール━) スウェーデンの地質学者・考古学者。中国で北京原人の出土地周口店洞窟遺跡を発見。また、新石器時代の彩色陶器を検出してオリエント文化とのつながりを指摘。(一八七四‐一九六〇

出典:精選版 日本国語大辞典
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旺文社世界史事典 三訂版

アンダーソン
Johan Gunnar Andersson
1874〜1960
スウェーデンの地質学者・考古学者
1914年から25年まで中国各地を調査発掘して,周口店で北京原人,華北の各地で彩陶,河南省で仰韶 (ぎようしよう) 文化の遺跡を発見し,中国の先史考古学の発達に貢献した。主著『黄土地帯』。

出典:旺文社世界史事典 三訂版
執筆者一覧(50音順)
小豆畑和之 石井栄二 今泉博 仮屋園巌 津野田興一 三木健詞
 
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