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せんさい

日本大百科全書(ニッポニカ)

せんさい
せんさい / 剪綵
中国の周時代、楚(そ)の習俗だったものが、奈良時代になってわが国に伝わったとされる手工芸で、紙、布、金箔(きんぱく)などを用いてつくる貼(は)り絵の一種。中国の古書『荊楚(けいそ)歳時記』に、「人日(じんじつ)(正月7日のこと)に綵(いろぎぬ)を剪(き)りて人につくり、或(あるい)は金箔を鏤(ちりばめ)て人につくり、以(もっ)て屏風(びょうぶ)に貼る」と解説がしてあり、これが剪綵という名前の由来でもある。人の形に切り抜いたものを「人勝(じんしょう)」といい、花の形に切ったものを「花(か)(華とも書く)勝(しょう)」という。正倉院にはそのいずれもが国宝として残されており、787年(延暦6)に行った曝涼(ばくりょう)の解(げ)(蔵の中の書物などを虫干ししたときの公式記録)に「人勝二枚」と記され、さらに856年(斉衡3)の宝庫開検目録には、「人勝二枚、一枚に金箔字16あり、一枚には綵絵女形等を押す」と記録されている。金箔の16文字はめでたいもので、「令節佳辰、福慶維新、燮(しょう)和万載、寿保千春」と、四文字四行ずつが縦に区割りして貼られてある。その右下には、子供らしい人物や樹木、そして小さな動物も配された構図になっている。近年になって、女形の人物と木や犬などの貴重な剪綵が発見された。
 もともと剪綵は、長寿延命・子孫繁栄・財宝栄達・吉祥霊獣・花卉(かき)動物・人物文字など、いろいろのものを切り抜いて屏風などに貼る、婦女子の手遊(てすさ)びとしては、精巧にして優雅なものと歓迎されたが、いつのころからかしだいに忘れられてしまった。しかし徳川家治(いえはる)の時代(1760~86)に、三井家に伝わっていた裂地(きれじ)でつくられた、人物の剪綵が世に出てから息を吹き返した。とくに三井高福(たかよし)の研鑽(けんさん)により、綾(あや)、緞子(どんす)、錦(にしき)など豪華な布を使って、花卉、山水、鳥獣、文字、文様の類まで、意匠を凝らした精緻(せいち)で優れた作品が発表されると、世評も高くなり、教えを受けようとする者も多くなった。
 1874年(明治7)には女子教育の一部に加えられ、翌年京都府博覧会に出品して受賞するなど、多大な好評を博するまでになった。現在は三井八郎右衛門(はちろうえもん)の妻・故三井(とし)子によって継承されたものが、さらに三井家の若夫人らに伝授され、後継者の育成に余念がない。[岡登貞治]

技法

〔1〕原画を描く。〔2〕その原画を薄い紙に輪郭線で写す。〔3〕和紙で裏打ちする。〔4〕もっとも外側になった輪郭線だけを残して、他の輪郭線を切り抜く。〔5〕その輪郭線に金泥を塗る。〔6〕象牙(ぞうげ)で磨いて艶(つや)を出す。〔7〕裏返して薄い紙をのせ、輪郭線を写す。〔8〕これを型にして布を切る。〔9〕切り抜いた布を裏から順に貼って、原画のような絵を構成する。〔10〕そして最後に、これらを組み合わせて、屏風や額など一幅の絵画に仕上げる。[岡登貞治]

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精選版 日本国語大辞典

せん‐さい【才】
〘名〙 ちょっとした才知。ちょっと気のきいたことのできる才能。小才(こさい)
※読本・南総里見八犬伝(1814‐42)五「或は(センサイ)にして虚名を貪(むさぼ)る」 〔荘子‐外物〕

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